超初心者による運動器エコーのススメ
はじめにお断りをしておきます。
私はエコーの達人でも何でもありません。
病院家庭医としてはエコーは比較的使っているほうですが、主に内科+α領域です。
検査や診断のためのチョイあて胸腹部エコーは人並みですし、褥瘡エコーは先述の通りですし、下肢浮腫の診察はするかもしれません。小児の腸重積をエコーで診断したことはありますが、婦人科領域のエコーや妊婦健診のエコーはもうできる気がしません。
救急では交通外傷の方がきたら腹腔内出血を探したり、肺エコーも心不全か肺炎かの鑑別、気胸の有無を見極めるのに使っています。
エコーは侵襲もなく簡単で患者さんの役に立つことはわかると思います。もちろんただやりたがっているわけではなくて、それが患者さんの診断・マネジメントに役立つものでなければ仕方ないわけです。
臨床検査にはTAT(turn around time) という概念があります。検査室に検体が到着してから結果報告までの時間のことです。これは問診にも診察にも検査にも言えるわけで、いかなる行為にも時間とコストがかかっている事を意識しなければなりません。
例えば、時間を第一に考えなければならない重篤な疾患や、救急外来が混んでいてギアチェンジしなければならない時は、問診を最低限に絞ったり、検査にかかる時間を考えて他の患者さんを診たり、多くの検査を入れて救急外来を渋滞させるぐらいなら、待てそうな疾患は、時間経過を見るためにあえて明日の外来に回ってもらったり…。
というわけで、エコーを何でもかんでも使いたいわけではなく、検査コストと検査精度(個人差があるのであくまで私の力量と相談)と所要時間を考慮して、ベストと思ったらエコーを使うのが理想的です。逆に言えば個人の力量がなければ選択しなくなっちゃうわけです。
緊急事態ではないにせよ、当院は夜中にレントゲンを撮る場合に放射線技師さんを電話で呼ぶ必要があります。できることなら明日やっても良いものならなるべく呼びたくないわけです。レントゲンやCTが本当に必要かの検査前確率を上げるためには、問診、身体所見、そしてエコーが重要になってきます。
ここからが本題ですが、私はこれまで整形外科領域にはエコーをあまり使っていませんでした。強いてあげれば肋骨骨折にエコーするぐらいでしょうか。圧迫骨折にもエコーをするとわかることがあるのですが、他の医師にも客観的に説明するにはレントゲンが必要になるので、夜中はエコー、日中はレントゲンという使い分けをしています。
その理由は、基本的には整形外科医がいるところででしゃばる必要はないと思っていたからなのですが、例えば膝関節・肩関節の診察にはエコーが重要だと思っていますし、腰痛も病歴と生活指導が重要と思いつつも、どの筋肉が原因なのかを同定できると診療の質が上がるのではないかと思っています。
前置きが長くなりました
今回のテーマは『超初心者がまとめる整形外科領域のエコーのススメ』です。
整形外科領域のエコーを全くしたことがない方が一歩踏み出すために何をどんな順番で勉強していくと効率的か、という最低限のエッセンスをご紹介させていただきます。
今回のまとめには
白石吉彦先生(隠岐広域連合立隠岐島前病院 院長)と
古屋聡先生(山梨市立牧丘病院院長)が開催した
『とって隠岐の外来超音波診療~エコーで変わる外来診療~』というレクチャーを大幅に参考にさせていただきました。
(ブログでの使用もご許可いただきありがとうございます。)
もしもっと学習を深めたいのであれば
離島発 とって隠岐の 外来超音波診療 動画でわかる運動器エコー入門:肩こり・腰痛・五十肩・膝痛のみかた
離島発 とって隠岐の エコーで変わる外来診療 当てれば見える、見えるとわかる、わかるから面白い
の両書籍がお勧めです。黄色い方は入門書で方法論、赤い本は理論編のイメージです。
それでは始めます。
①神経・靱帯・筋肉を見てみよう
前腕から手関節までを自分で練習すると、エコーに親しみが持てます。脂肪が少なくて見やすいのも特徴です。YouTubeに動画があがっているので、これを見ながらご自分でやってみると良い練習になるでしょう。
・正中神経
・手根管
上記の動画を観ていただくのも良いのですが、大事なところだけ押さえておきます。
まずは下の写真をご覧ください
なんだかゴチャゴチャしています。
まずは手首にエコーのプローブをあててみましょう。
豆状骨、舟状骨が書いてありますが、ひとまず無視です。
みつけるのは、真ん中にある正中神経。これだけです。
丸いのを見つけたら、プローブを縦にして、神経をまっすぐ描出できればOKです。
こんな断面だけで分かるわけ訳ないというご意見はごもっともです。
イメージつけにくければ動画をご覧ください。
正中神経を見つけられたら、屈筋群と回内筋を探します。
細かい名前がついていますが、屈筋群と回内筋で充分。
回内筋というのは手首を内側にひねるときに使用する筋肉です。
写真を見ていただくとわかるのですが、手首まで行くと見えなくなります。
前腕を手首までエコーを当てつつ、手首の手前で切れるのが、方形回内筋です。
ちなみに肘のあたりににあるのが円回内筋です。
確かめる方法は、手首を内側に捻ってもらうことです。
結構、どの筋肉も動かして決めていくことが多いです。
方形回内筋がなぜ重要か?
手首の骨折にはコーレス骨折という、手首をついたときに橈骨遠位端という部分が来れてしまう骨折が有名です。その際には、方形回内筋に血腫が出るというのがポイントになるので骨折を疑った場合には、エコーは有用かもしれません。
もちろん、骨折しているわけですから、エコーを当てるときにはゲルを多めに塗布すると強く押し付けなくてもよくなるので、ゲルをケチらないようにしましょう。
お次は屈筋です。
・屈筋腱
屈筋も指を屈曲させれば見えます。
手首の使い過ぎでどこかが痛いなというときに、エコーを押し当てながら、どこが痛いのかを探ることができます。5mm押さえて浅指屈筋が押されたときに痛むのか、1cm押さえて深指屈筋が痛むのかで、どの筋肉が痛んでいるのかがわかるのは、患者さんにも安心感を与えます。
②肩こりの診察
肩の診察はざっくり見るところだけを紹介します。
覚えるのは最低限2個の筋肉です。余力があればもう少し。
肩こりの原因で最も多いのが、肩甲挙筋、次に多いのが菱形筋です。
現在、肩が痛い人も、ここら辺が痛いという場所があるのではないでしょうか?
このセミナーでは、その痛みの原因を同定して、凝り固まったところを注射でほぐすというやり方を教えていただきました。(fascia Hydroreleaseといいます)
・肩甲挙筋
実際の描出方法とは少々異なりますが、それは流派の問題です。
描出できればなんでも良いです。
できれば、肩甲挙筋は首の付け根にあてるようにして、前鋸筋も見えるようにすると、前鋸筋が動いているのかが見えます。
先述した前鋸筋というのはCOPDの患者さんの筋疲労を同定するのに役立ちます。
肩甲骨を前外方に引き、肩甲骨が固定されていると肋骨を引き上げる作用なのですが、これは吸気に使用される動作です。COPDなどの呼吸器疾患により、斜角筋によって努力性吸気になると、前鋸筋が使用されるわけです。
・菱形筋
もう一度、菱形筋を示します。
肩甲骨の内側で僧帽筋のさらに深層にある筋です。肩甲骨を寄せると収縮します。
つまり、エコーを当てているときに肩甲骨を内側に寄せると膨らむのが菱形筋だと覚えておけばよいでしょう。
この動きが悪かったり、押すと痛むようなら、菱形筋のマッサージをすればよいわけです。
ここで大事なことはエコーで原因を見つけてリリースすることが解決ではないのです。
大事なのは、なぜそうなったのか。です。
例えば、デスクワークをしているのか、正しいパソコン姿勢にするだけで改善しないか。モニターの位置はどうか、マウスはどうか、机の高さはどうか、肘の高さはどうかなど、確認することが盛りだくさんです。
産業医のテキストにもこのようなチェック項目があります。皆さんはいかがでしょうか?
また、眼鏡があっているのか、鼻パッドがずれていないか、つるが調整されているのかで、首の筋肉が凝ることも知られています。眼鏡のフィッティングで頭痛や肩こりが治るというのはしばしば経験します。初診の頭痛患者さんにひょっとして眼鏡変えましたか?と聞いて当たると名医になれるかもしれません。
肩甲挙筋と菱形筋の2つだけでよいといっていましたが、もう一つ覚えておいたほうがよいのが、大後頭神経です。こうやってだましだまし増えていくのです。
・大後頭神経
ご自身で当てながら解説している方がいましたので、是非お試しください。
・頭板状筋 と 頭半棘筋
肩の診察を復習すると
重要なのは、肩甲挙筋と菱形筋
実際にあてるのは
①肩を外側からあてて、肩甲骨に付着した棘上筋と僧帽筋を描出
②肩甲挙筋を描出して、前鋸筋も同定する
③C2まで上げて大後頭神経を描出、頭板状筋、頭半棘筋を同定
④肩甲骨内側までおろして菱形筋を同定する
そして余力があれば腕神経叢をここで出してみましょう。
・腕神経
正直、肩こり診療には不要なので、パスしましょう。そうしましょう。
最後に肩の総復習をしたいというあなたは
20万回再生されている世界的に有名なハンズオン動画(英語)をご覧ください。
内容は、このブログで取り上げられています。どうぞご確認ください。
世界で最も多く見られている肩関節エコーハンズオン動画 | Physio Explorer
③腰痛
腰部痛の原因に多いものは4つ
Diagnosis and Characters of Non-Specific Low Back Pain in Japan: The Yamaguchi Low Back Pain Study. PLoS One. 2016 Aug 22;11(8):e0160454. PMID: 27548658
筋膜性、椎間板性、椎間関節障害、仙腸関節を区別するには、ピンポイントの圧痛がポイントです。つまり痛い筋肉はどこか聞いて、エコーを当ててその場所がわかればOKということです。
腰部の筋肉で覚えるのは4つです。
順番が大事です。
①多裂筋→②最長筋→③腸肋筋→④腰方形筋
②③はさいちょう、ちょうろくの語呂なので覚えやすいですし
④だから『よう』から始まると覚えれば、あとは①のみ
多裂筋はまぁ気合で覚えてください。
余談ですが、脊柱起立筋という名前を聞いたことがあるかもしれませんが、先ほど肩の診察で出てきた棘筋と、最長筋、腸肋筋を合わせたものを指します。
これらをめちゃくちゃ鍛えると
こうなるわけです。ここまでくるとエコー当てたらどうなるのか楽しみですね。
なお、この4つの筋肉をうまく分けるには白石先生の図がわかりやすいので参考にします。内側の筋肉は回旋成分なので捻ると動きますし、外側の筋は側屈成分なので横に捻ると動きます。MODというのが右端にあるのですが、イルカの口のようにみえるのでMouth of Dolphin(MOD)と略すのだそうです。イルカの口を見つけたら腸肋筋と覚えればOKです。ここに注射すると、腸肋筋とも腰方形筋とも筋膜がはがれて効果的なのだそうです。
これで腰は終了ですが、エコーの動画をお楽しみください。
・多裂筋
・最長筋
・腸肋筋
・腰方形筋
・大腰筋
腸腰筋
最後に補足しますと、腰部の診療はそもそも動作分析から入るのがセオリーです。
つまり前屈、背屈、側屈、回旋などを行い、どこに問題があるのかを確認するわけです。エコーがなくてもこれである程度推定できると思いますので、是非挑戦してみてください。
④膝痛
おすすめは西伊豆病院院長の仲田和正先生の講演されている
プライマリケアのための関節のみかた 下肢編(2)―膝(上)[臨床医学講座より] - 医科 - 学術・研究 | 兵庫県保険医協会
をご覧ください。
いやー!大変そうですね!頑張りましょう!
とやりだすと挫折します。膝はこんなに色々見れなければいけないのかとゲンナリしますが、ここでは超初心者は最低これだけでも。というエコーを紹介します。
見つけてほしいのは
・膝関節包
・縫工筋・薄筋
だけです。
この先生、よく出てきます。
関節穿刺をブラインドでしていることが多いのですが、大腿四頭筋と膝蓋骨をエコーで描出してからその間に見える液体を穿刺するというのが最も安全です。
縫工筋・薄筋の同定ではなぜするのかというと、ここに圧痛があれば鵞足炎を疑うわけです。
エコーの動画を探していたら、この動画に出会いました。
#3【鵞足(がそく)炎】走りすぎちゃうあなたのためのセルフケア講座 #3
この動画以外にもいい動画はあったのですが、個人的な気分でこの動画をセレクトしてしまいました。理由は聞かないであげてください。疲れているんだと思います。
⑤五十肩
・SAB(subacrominal bursa);肩峰下滑液包
五十肩で一番大事な単語は、SAB (subacrominal bursa);肩峰下滑液包です。
これが見えたら、観察して、そこに注射すればいいのです。
とはいえ、肩のエコーも順序立てて覚えたほうが早いかもしれません。
手作り感満載の写真張り付けで恐縮ですが
SABの出し方
①上腕二頭筋長頭腱(手のひら上に向けて膝の上において上腕骨頭にあてる感じ)
②棘上筋腱・棘下筋腱(ポケットに手を入れて肩を前に出す感じ)
の姿勢に合わせてプローブを当ててください。
上腕骨の大結節・小結節(M字)のところの間に、上腕二頭筋長頭腱が出せれば第一段階クリアです。
そこから内側へ進めていき、肩を前に出すと棘上筋腱・棘下筋腱を見つけることができます。位置関係だけ覚えればいいのですが、三角筋と棘上筋の間にSABがあるのです。
SABが肥厚していたり、液体貯留があったり、石灰化があると、五十肩の鑑別疾患ができるわけです。
例:肩峰下滑液包炎、腱板断裂、上腕二頭筋長頭腱炎、凍結肩、石灰性腱炎、変形性肩関節省
余力があれば
肩甲上腕関節も描出してみましょう。
背中側から上腕骨と肩甲骨の間にアプローチすると、肩甲骨の上に棘下筋が付着します(肩こりのところでも出てきました)
肩甲骨と上腕骨頭の間が上腕骨頭です。
もう一つ言うと、三角筋下滑液包も見つけてください。
もう少し余裕があれば
五十肩診療においては
外転障害:菱形筋、肩甲挙筋
外旋障害:小胸筋、CHL(烏口上腕靱帯)、肩甲下筋上部線維
内旋障害:棘下筋、小円筋の同定もできるようですが、興味のある人は本を買ってください。
肩のエコーについては、はてなブログで最近見つけた
『膠原病・リウマチ一人抄読会』で、リウマチ内科的な肩関節エコーを紹介してくださっています。こちらを見たほうが画像の理解を助けると思います。
最後に、これまでよく出ていたあの先生を観たいあなたは、これを紹介します。
(見なくても良いです)
まとめ
①神経・靱帯・筋肉を見てみよう
・正中神経
・手根管
・屈筋腱
②肩こりの診察
・肩甲挙筋
・菱形筋
・大後頭神経
・頭板状筋 と 頭半棘筋
・腕神経
③腰痛
・多裂筋
・最長筋
・腸肋筋
・腰方形筋
・大腰筋
④膝痛
・膝関節包
・縫工筋・薄筋
⑤五十肩
・SAB(subacrominal bursa);肩峰下滑液包
を同定しましょう。
興味があれば本をご購入ください。お疲れさまでした。