COVID-19のソーシャルディスタンス(社会距離拡大戦略)に対する雑感
このブログではCOVID-19の事を全くと言っていいほど取り上げていませんでした.
学術論文やマスメディアやSNSなど、どこを見ても第一線で頑張っている医師からのCOVID-19関連の情報が溢れているので、読者の皆さんも独学で色々勉強されていることでしょう.このブログにそういうのは求められていません.
例えば啓発のように「三密を守りましょう」とか「不用意に顔に触らず、石鹸と水で手をよく洗いましょう」と私が声を大にしても、このブログをご覧になるような方は、とっくの昔に守っていますのであまり意味がないと思います.
本音を言えば基本的な方針を守って、COVID-19を俯瞰的に診られるような家庭医療の論文を紹介していきたいのですが、まだ全然そんなフェーズではないのと、SNSに洪水のようにあふれるCOVID-19の情報の中でお気楽な勉強ブログを出すのも気が引けて、お蔵入りの論文が賞味期限切れになり、原稿書きの仕事もたまり、結果的に更新が面倒になっていました.
例えば、パンデミックにおけるプライマリケアの5つのフェーズの提唱
The Five Phases of Pandemic Care for Primary Care
Krist, Alex H.; DeVoe, Jennifer E.; Cheng, Anthony; Ehrlich, Thomas
The Five Phases of Pandemic Care for Primary Care
(Annals of Family Medicine COVID-19 Collection プレプリント版ですが、大まかなフェーズをイメージできます.)
日本はSpread wave~Acute waveあたりでしょうが、こういうのはおそらく米国の方が上手く変わっていくのでしょうね.
そんな、ニューヨーク市民からのソーシャルディスタンス(社会距離拡大戦略)のVLOGを見て日本との温度差を感じ、勉強が深まったので、少しお付き合いください.
(2:36~ NYのソーシャルディスタンスの様子が流れます)
人との距離は6フィート(180cm)あけましょう
これは CDCの6フィート・ルールでも「Between people who are in close contact with one another (within about 6 feet)」と明記されています.
スーパーマーケットの行列も2メートル間隔
一度にお客さんが入らないように入場制限を設けています
ソーシャルディスタンスを守らないと罰金になるという強制力もあるのでしょうが,線を引いておくというナッジが上手く効いているのではないかと感じます.
(ニューヨーク州では罰金を現行の500ドル(約5.5万円)から最高1,000ドル(約11万円)へ引き上げたそうな)
ソーシャルディスタンス違反は罰金最大1,000ドル。NY市警察が取り締まり - mashup NY
このような動きを受けて、2メートルを直感的に測るために
iPhone上で動作するAR定規「Keep Distance Ruler」というアプリも開発されています.
ソーシャルディスタンスの為に2メートルの距離を測る
— Keisuke Terashima / Keep Distance Ruler (@kskee) 2020年4月7日
AR定規つくってみた
リンクからiPhoneにダウンロードしておけば、どこでも距離を測れます
Keep Distance Rulerhttps://t.co/vyiBdDDB8s#社会的距離 #SocialDistancing #c4d #cinema4d #AR #ARKit #COVID19 #KeepDistance #コロナ #3DCG pic.twitter.com/2nBwk5Gken
製作者のコメントを見ても、 企画を含めても考えて1日、作業開始からテスト・配布までは6時間ほどというから凄いですね.
精度も高いので、距離感を理解するのに大変役立つと思います.
この製作者のツイートにこんな動画もあり、直感的には分かりやすいです.
なぜソーシャルディスタンスが必要か?を簡潔に視覚化してる動画
— Keisuke Terashima / Keep Distance Ruler (@kskee) 2020年4月10日
アメリカ オハイオ州保健省制作
pic.twitter.com/H7EGdg9Okl
さて、そろそろ本題に入ります.
そんな世界中で話題になっているSocial distanceですが、Kurt C. Stange先生がAnnals of Family Medicineでこのようなことを述べています.
"What we need in a pandemic is not social distancing, but physical distancing with social connectedness."
– Kurt C. Stange et al, Physical Distancing With Social Connectedness
パンデミックで必要なのは、ソーシャルディタンスではなく、社会的に繋がりのあるフィジカルディスタンスです。
これもプレプリント版なので、露骨に紹介するのは避けますが概要はこんな感じです.
ケアの継続性の低下で、患者と医療提供者との間のつながりが希薄になる中で、関係が発達する可能性のある方法を模索し、非継続的な遠隔医療でも意味のある人間関係がどのように開発されるか.地域やシステムレベルでのケアのあり方やデジタルの活用における関係性の構築の必要があります.現在のCOVID-19パンデミックは、通信技術を使用してケアを発展させる機会に満ちています.
パンデミックに必要なのはソーシャルディスタンス(社会距離拡大戦略)ではなく社会的に繋がりのあるフィジカルディスタンスです。
不満
プライマリケアのベテラン医師が、患者との継続性が衰退していると嘆くことはよく耳にする.患者もまた、ケアの継続性が失われることを目の当たりにして苦しんでいた.しかし、このような不満が次第に和らいでいる.1人の医師が患者のことを知り、患者も医師の事を知っている考え方は、古風なものであり、システムを見直す必要がある.
時間をかけてその人を知るという能力 - ケアの継続性 - はプライマリ・ケアの基本的な考え方でありコアとなる原則です.プライマリ・ケアが住民の健康に与える影響は大きく、公平性や持続可能性にも影響している.具体的にはMultimorbidityの高齢者への継続性は病院利用率の低下と独立して関連しています.継続性の低下はプライマリ・ケア医のアイデンティティの喪失や燃え尽き症候群の原因になる可能性もあります.患者との継続性は、患者が直面している行動健康問題と患者自身の関係性(健康歴や家庭内での幼少期の有害な経験への暴露)に関連した行動健康問題に効果的に精神的、感情的に対処するための基本であると理解されています.
継続主義への挑戦
しかし、継続性が唯一の方法なのでしょうか?患者との有意義な関係を築くためにはどうすればいいのでしょうか?「どのようにしたらヘルスケアにおける癒しの関係を育むために組織化できるか」について検証した.
思考実験
我々は、健康管理の訪問の種類によって関係性が異なって現れるかもしれないかどうかをブレインストーミングしながらリストを作った.
驚き
ヘルスケア診療方法のリストを時間の短い順に大まかに並べ、関係性のある特定の方法の例を挙げたのが表1です.これは特定の診療方法に特有の関係性の機会が存在する事がわかります.
様々な訪問タイプで、継続性がなくても関係が強固になるポイントが示されています.
更には、1回きりのテレヘルスではどのようなことを意識すると良いのかをリスト化しました.これは継続的な関係があるときでも有効ですが、継続性を維持できない時でもシステマティックに適応できることが分かりました.
表2. テレヘルス中に関係性を強化する方法のリスト(いろいろな場面で応用がきくかもしれないこと) 37個もあります。
- 患者さんが気軽に利用したいというニーズを尊重する
- マルチモーダルコミュニケーション(視覚・聴覚など)の方法
- 手軽にアクセスしたいというニーズを尊重する
- 人がいるところから始める
- 費用と患者さんの支払い能力を考慮する
- 物理的に離れていても、仮想的な存在に焦点を当てた注意をする
- 見られている、または聞くだけなど、コミュニケーションをカスタマイズするオプションを提供する
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要約するなど、患者が理解され、話を聞いていると感じられるようにする方法を探す。
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患者さんの体験談を丁寧に聞く
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特定の患者さんの状況について、利用可能な背景知識を持ってくる
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的を得た質問、状況や訪問タイプに応じた適切な質問をする
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重要なことにたどり着く
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専門性を示し、物事の真相に迫ることが信頼を築く
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焦らず、包容力のある口調を見せる
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患者さんの状況に関連した不測の事態の計画と選択肢の提供
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医療以外の治療オプションを提供する(例:食品、活動などプロトコルに沿った治療ではなく、患者さんを一人の人間として治療する文脈を求める)
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オープンエンドの質問をする
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共感を感じる
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感情への気配り
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責めるのではなく複数の治療法の選択肢、試してみたいこと、進むべき道を提供する
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希望の提供
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患者が正しくやったことを見つけて褒める
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簡単な言葉で説明する
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"他に何かありませんか?"と尋ねる。
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なぜ今の私にとって重要なのか、その理由と方法を知るために
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可能な限り患者さんの体験を正常化する
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医師と患者が同じページに入るための作業
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良いコールセンターや接客業から学べることを取り入れる
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臨床医と患者に時間と充実した選択肢を与えてくれるシステム
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パワーシェアリング。非判断的であること
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時間の制約を明示的に認め、患者さんが何をしたいのか、その両方を考慮して優先順位をつける。
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生物心理社会的観点から何が重要か、何が重要かを感じる。
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理解される人のために結びつける
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共通の目標に向かうための作業訪問後に患者と臨床家の双方がつながりを感じられれば、次の訪問に何かプラスになるものをもたらす。
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出会い-期待の共同体づくり
内面を探る
この思考実験で分かった課題は、ケアの継続性を提唱する事ではなく、「なぜ我々は継続性を重視するのか」ということです.長期にわたる継続的な関係は、物語を知るということだけでなく、それ以上のものを提供してくれます.それは健康と癒しが関係性に基づいているように、医療は関係性に基づいているということです.しかし、継続性だけが関係性への唯一の道ではないのです.
Mainousらは患者が関係性を大切にするための2つの道筋を提唱しました.1つは医師と患者がどのぐらいの期間一緒にいたのか(これはStarfieldが継続性と呼んだもの).そしてもう1つは、「この先生は一緒に色々と経験してきました」と患者が発言する事と関係します.医師と一緒に多くの事を経験してきたことが彼らの評価を非常に高くしています.おそらく臨床医が関係性の重要な側面に気を配っているのであれば、このように個別化する事ができます.
言い訳をしない
継続性も大事であるが、継続性を問題にして、ケアの関係性を高めるために注力しないと言うのはおかしい.むしろ継続関係への欲求の高まりと、それに伴うプレッシャーが医療としての力になるかもしれません.幼少期の逆境の課題(社会的・情緒的支援が不十分)な時に、関係性を促進するために、物流やシステム的な要因についての議論を転換し始めることができます.コミュニケーションや接続性の質問で、生産性・効率性に焦点を当てることで、自分自身や患者にとっての価値をリフレーミングする事ができる.我々の発見は個人的、集団的な経験と反省に基づいています.参加者によるリフレクションと相まって大きな広がりを提供する事ができるだろう.異なる医療提供者との連携によりケアをより効果的にするフィードバクループの増幅が可能になる.ケアのコモビデティー化、および関係性への投資をすることは医療費の上昇の原因となり、ケア提供者と受け手の間での脱人格化の懸念がある.
COVID-19 関係性を再発明する新たな機会
生態系や人間のシステムでは、大きな変化は長い期間を経て急速に起こります.コロナウイルスのパンデミックはすでに、人間関係とその方法を劇的に変化させている.物理的に離れた人間でも関係性を育むことができる.テクノロジーと危機を利用して公衆衛生の実践を行うのが最大の防御策である.「ソーシャルディスタンス(社会的距離感):人の集まる場所から離れていること、避けていること」集団の集まりでは、他の人との距離(約6フィート:2メートル)を保つようにしてください.
社会的距離を置くことは、コロナウイルスの拡散曲線を平坦にするために不可欠です.しかし、分断された世界と医療が必要とする最後のものは、今まで以上の社会的距離です.社会的な距離を置くのではなく、社会的なつながりを持った物理的な距離を追求しましょう.もし私たちが物理的に離れていても、頭や心と居住空間という新しい空間を利用して、物理的ではありますが感情的に離れない方法と取りましょう.
人間のつながり-愛-はコロナウイルスよりも伝染性が強い.
今必要なのは、社会的な距離感ではなく、社会性のある物理的距離感-繋がっていること-です.
久しぶりに10000字越えのブログを書いてしまいました
最後にKurt C. Stange先生の文章を読んでいて、思い出した論文があります.
Stange先生はジャーナリングとリフレクションを推奨しています.ジャーナリングとは日々の診療での気づきや感情や疑問を記録すること、リフレクションは診療を振り返り、自己省察し、次に生かす事です。この地道な積み重ねが新たな知を生むとしています.
Ways of Knowing, Learning, and Developing
doi: 10.1370/afm.1082 Ann Fam Med January 1, 2010 vol. 8 no. 1 4-10
この論文を読むと、どうやって学びを深めればよいのかのイメージが付きます.
例えば、内なる知識は生きた経験のように個人的で主観的なものですが、そこには2つの視点があるといいます。
内的/個人的知識は個人的な経験、つまり「私(I)」の知識に基づいています。
内的/集団的知識は共有された経験、つまり「私たち(We)」の知識に基づいています。
一方で、外的への知識は通常、客観的です.
外部/個人的知識は、自然界の特定のものがどのように振舞うかに基づいており、「それ(It)」の知識です。
外部/集合的知識は、相互に関連する自然システムがどのように機能するかに基づいており、「それら(Its)」の知識です。
COVID-19に例えるなら、治療薬や予防の知識(It)の視点だけでなく
この薬が他の体のシステムにどのように影響するか、またはケアのシステムが治療の実施および遵守にどのように影響するかに関するシステム(「Its」の知識)だったり
治療が家族にどのように影響するか、またはケアチームがどのように協力してCOVID-19の自己管理を促進または阻害するかについての対人関係(「We」の知識)だったり
個人(「I」)、や病気(「それ」)の知識とは対照的に、COVID-19という病気との生活経験に何を意味するかについての知識(「Its」の知識)という視点を総合的に考える必要があるという事です.
臨床医や研究者の視点では、上記のように内的/個人的、または「私」の知識の考察に焦点を当て、個人的知識、患者/家族/コミュニティの知識、医療サービスの知識、および生物医学的知識の間の実りある境界について説明しています.
一方でこの分析を拡張して、健康やヘルスケアについて知るさまざまな方法を検討しています。図2に示した視点のそれぞれは健康についての理解を進めるに関連しています。ほとんどの研究は、外側/個人的な象限すなわち生物医学およびほとんどの臨床研究の領域である生物学、疾患、および治療に焦点を当てています.しかし、同じ健康関連の現象には、同時に調査と理解に値する他の側面があります.
例えば、個人の健康が地球上で共存する人間の生態にどのように関係するか、またはヘルスケアがどのように組織されているかに関する外部/集合システムの知識であったり
家族やコミュニティの健康、病気の経験、または新しい知識を生み出したり、ヘルスケアを提供したりしたチームの経験に関連する内面的/集合的な側面であったり
病気、健康、医療の提供または受給、またはこれらのトピックに関する研究の個人的な経験に関連する内面/個人の側面への注目などです.
図3ではデータを情報に、知識を理解に、それぞれの方法で進化する可能性があることを示しています。理解のさまざまな方法を一緒に考えると、より高いレベルの理解が得られます。この分野横断的な総合的理解は、共有された理解に基づく知恵につながり、すべての知る方法の中心にある知恵に結びつく可能性を秘めています。(本文では糖尿病の例が出ていますので、余力があればご覧ください.)
IとWeとItとItsの視点でデータや情報から知識や理解に広げていく事で、相互的な理解ができるようになるはずです.
少しずつ情報がシェアできてきているCOVID-19ですが、
「It」に関する知識としての、薬物治療および公衆衛生的な予防方法に対するその影響が含まれ
「Its」の知識には、予防が及ぼす医療・経済など社会への影響、環境への影響、そしてその影響が疾患と健康の両方に相互的にどのように影響するか
「We」の知識で、家族、チーム、またはコミュニティの一員である、病気または健康の対人関係の経験に関連し
「I」の知識には、病気と健康の個人的な経験、またはこれらの役割に必要な新しい知識の生成に取り組む経験も含まれるでしょう.
医療者として、地域の住民として、複数の視点で考えを深めていければと思います.