南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

胃腸症状の診断に腸蠕動音は役に立つのか?電子聴診器で解析する:系統的レビュー

胃腸症状の診断に腸蠕動音は役に立つのか?電子聴診器で解析する:系統的レビュー

Syst Rev. 2018 Aug 17;7(1):124. doi: 10.1186/s13643-018-0789-3.
The potential of computerised analysis of bowel sounds for diagnosis of gastrointestinal conditions: a systematic review.
Inderjeeth AJ, Webberley KM, Muir J, Marshall BJ.

 

 専攻医と振り返りをしていて

「これは絶対にブログにしてください」

と熱望されました.

「そんなの自分でやればいいのに」と突き放しましたが

可哀そうなのでサプライズ的に振り返った内容を上回るやつを書いてみようと思います.

 

専攻医からの問いは

「腸閉塞に対して腹部聴診はエビデンスがないのか」

というものでした.

ひとまず,専攻医とシェアした論文を軽く紹介します

 

Dig Surg. 2010;27(5):422-6. doi: 10.1159/000319372. Epub 2010 Oct 15.
How useful are bowel sounds in assessing the abdomen?
Gu Y, Lim HJ, Moser MA.

腹部の評価で腸蠕動は有用か?

 

電子聴診器を用いて,健常人10名,小腸閉塞と診断された9名,イレウスと診断された7名の腸蠕動音を30秒ずつ録音して,それを研修医20名(外科10名,内科7名,家庭医3名)に録音されたものを聞かせて,診断を尋ねるという研究です.

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結果は患者の蠕動音43問中30問が正しい診断に到達しました(69.8%)。

観察者内変動(κ= 0.72、一致81.3%)

被験者内変動(κ= 0.63、一致78.7%)は非常に良好

イレウスと正常音のある被験者からの腸音は、ほとんどの場合正しく識別された

(それぞれ84.5%と78.1%)

腸閉塞患者が正しく識別されたのは42.1%だけでした(正常と判断して間違えることが多かった) 医師が診察前に腸閉塞を念頭に置いて聞いていると、強い陽性予測値を示しました(PPV、72.7%)

 

腸蠕動音は腸閉塞の除外には使いにくいが,陽性尤度比はまぁまぁ高い.

という結論に達しました.

 

論文を読んで勉強になったのは電子聴診器での研究なので,蠕動音の時間,高周波数の頻度,音の強さが記録されていたことです.

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イレウスと腸閉塞と正常で違いがありそうですが,診断を間違えた音だけをピックアップすると非典型例は間違いやすい(あてにならない)という事が分かりました.周波数のカットオフまでは出ていませんが,電子聴診器での研究らしいと感じました.

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1900年代後半の身体診察の研究は

肝腫大に対するスクラッチテスト

Tucker WN, Saab S, Rickman LS, Mathews
WC: The scratch test is unreliable for detecting the liver edge. J Clin Gastroenterol 1997;
25:410–414.

腹水に対しての打診は、特異度72%

Cattau EL Jr, Benjamin SB, Knuff TE, Castell
DO: The accuracy of the physical examination in the diagnosis of suspected ascites.
JAMA 1982;247:1164–1166.

など様々あり,身体所見の研究は盛んに行われていました.

 

この論文を専攻医と読んで

「イレウスを疑ったときの腸蠕動音は陽性尤度比が高いが,除外には役立たない.正常だからと言って大丈夫とは言えない.」

という結論としていましたが,

2000年に入ると電子聴診器による腹部聴診の研究が目立ち,腹部聴診が評価されなくなってきました.

 

例えば

World J Gastroenterol. 2012 Sep 7;18(33):4585-92. doi: 10.3748/wjg.v18.i33.4585.
Spectral analysis of bowel sounds in intestinal obstruction using an electronic stethoscope.
Ching SS, Tan YK.

PMID: 22969233

3M™Littmann®Model 4100電子聴診器で腸蠕動音を録音し

音の長さ、音と音の間隔、支配的な周波数、およびピーク周波数について分析

 

2009年7月から2011年1月まで合計71人の患者が調査された

40人の患者が急性腸閉塞(27人の小腸閉塞と13人の大腸閉塞)、11人が亜急性腸閉塞(小腸で8人、大腸で3人)、20人は腸閉塞を有していなかった。25人の患者は急性腹症のために同じ入院中に外科的介入を受けた(35.2%)

患者は急性、亜急性、または腸閉塞なしのいずれかに分類された。

 

合計426の記録が作成され、420の記録が分析に使用されましたが、急性の腸閉塞、亜急性腸閉塞、無腸閉塞の患者の間の間隔、支配的な周波数、およびピーク周波数で有意差はなかった.

 

急性大腸閉塞では、急性小腸閉塞と比較した場合

音の持続時間は有意に長く(中央値0.81秒vs 0.55秒、P = 0.021)

周波数は有意に高かった(中央値440 Hz vs 288 Hz、P = 0.003)

 

急性大腸閉塞と大腸偽閉塞の間に有意差は見られなかった

腸口径と腸蠕動音の間にも相関がなかった

 

結論:腸蠕動音の聴診は腸閉塞の診断に非特異的であった.とはいえ,大腸閉塞と小腸閉塞の間の音響特性の違いは、閉塞の可能性の高い部位を決定するのに役立つかもしれない.

 

World J Gastroenterol. 2015 Sep 14;21(34):10018-24. doi: 10.3748/wjg.v21.i34.10018.
Accuracy of abdominal auscultation for bowel obstruction.
Breum BM, Rud B, Kirkegaard T, Nordentoft T.

98人の急性腹症患者を53名の医師(初期研修医と後期研修医)によって評価

 

感度42%,特異度78%で経験年数に有意差なし

感度がいまいちな印象です.

 

ここからが本題ですが

2018年に腸蠕動音のシステマティックレビューが発表されました.

電子聴診器を使った研究の総まとめです.電子聴診器の登場により,腸蠕動音聴診の検査特性がどう結論付けられたのか,非常に気になる研究です.

 

Syst Rev. 2018 Aug 17;7(1):124. doi: 10.1186/s13643-018-0789-3.
The potential of computerised analysis of bowel sounds for diagnosis of gastrointestinal conditions: a systematic review.
Inderjeeth AJ, Webberley KM, Muir J, Marshall BJ.

PMID: 30115115 

目的:消化器疾患の診断における腸蠕動音の電子聴診器の可能性を評価する

方法:システマティックレビュー.

1人の研究者で4つのデータベース(PubMed、MEDLINE、Embase、およびIEEE Xplore)と、リファレンスを選別した。記事全体がレビューされ、データは2人の著者によって個別に収集された。3人目の評価者は、意見が一致しない場合に含めた。

結果:2884の研究が検索されたが14の研究が対象になった。ほとんどは、腸蠕動音の特徴と胃腸の状態との関連を評価したものでした。4つの研究は、診断精度の評価も含まれていた。

①過敏性腸症候群では腹部聴診の感度と特異度が高く

②術後イレウスでは陰性尤度比が高い

ことが分かった.

結論:含まれている研究で見つかった予備的な結果と除外された研究で説明されている技術の進歩は、優れた将来の可能性を示しています。洗練された臨床スキルと工学スキルを組み合わせた研究は実りが多いと思われる。

 

選定基準は査読のある英文誌に限定していました.

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2884の研究が検索されたが14の研究が対象となりました.

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実はここまでブログで紹介してきた論文ではChing先生の2012年の論文しか紹介されていません.というのもIBSやCrohn病などの研究がほとんどで,Ching先生以外ではYoshino先生とKaneshiro先生とSpeigel先生しかイレウスの電子聴診器研究が残っていませんでした.

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ちょっと脱線してKaneshiro先生の2016年の論文をみると

Postoperative Gastrointestinal Telemetry with an Acoustic Biosensor Predicts Ileus vs. Uneventful GI Recovery.
Kaneshiro M, Kaiser W, Pourmorady J, Fleshner P, Russell M, Zaghiyan K, Lin A, Martinez B, Patel A, Nguyen A, Singh D, Zegarski V, Reid M, Dailey F, Xu J, Robbins K, Spiegel B.

Spiegel先生のお名前もあり、このレビューのイレウスに関連する研究はこの先生方で占められていることが分かります.

 

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腸蠕動はマニアックな解析がなされていることがわかりました.

少量腹水も特殊な解析で検出できるようです(Liatsos, 2003)

電子聴診器に実装される日も近いかもしれません.

 

まとめると

・イレウスを腸蠕動音だけで除外は難しいが,陽性尤度比は高め.

・電子聴診器による研究が進み,イレウスと腸閉塞の鑑別,虫垂炎の有無,腹水の検出ができるようになるかもしれない.

テクノロジーの進化を感じずにはいられませんね.