南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

フラッシュモブ法という新しい研究手法で急性冠症候群を除外するツールを検証する

A Nationwide Flash-Mob Study for Suspected Acute Coronary Syndrome

  1. doi: 10.1370/afm.2401Ann Fam Med July/August 2019 vol. 17 no. 4 296-303
 
フラッシュモブ法という新たな研究手法で急性冠症候群を疑うツールを検証する

 

今月のAnnals of Family Medicineは冒頭からフラッシュモブ法というトピックスが取り上げられていました。これはインターネットの発達でソーシャルネットワーキングやデータ収集が容易になった背景から生まれた新しいタイプの臨床研究のスタイルです。フラッシュモブ法により、家庭医が急性冠症候群を安全に除外するためのMarburg Heart Scale(MHS)という臨床決定ルールを評価するために、関連患者のデータを集めました。驚くことに、オランダの家庭医20%を動員し、たった2週間で必要なデータを集めることができたのです。

 

この研究の何よりも素晴らしいのは、スピード感です。臨床研究の疑問に対する回答を早期に見つけることは臨床診療にとって重要な影響を及ぼします。そして、臨床医や患者、家族、医療機関、政府にも利点があり、従来の研究デザインと比較して大幅なコスト削減の可能性を秘めています。

 

家庭医療はフラッシュモブデザインに特に適した設定です。その理由の1つは影響力です。いくらいい研究をしても実臨床家がそれを知らなければ意味がありません。自分たちが取り掛かりやすく関わった研究であれば、実際に利用される可能性は高いでしょう。2つ目の理由は、持続可能性と鮮度です。どんな研究も最初は興味を引きますが、長期に維持することは大変で、作業負荷が高いと燃え尽き症候群を来すことにもつながります。

 

今回の研究は、緊急の注意を要する急性冠症候群という実用的なテーマで、データ収集も負担をかけないように短期間に制限されており、構造化された節約的なデータセットを使用しています。そのため家庭医にとって大きな意味があります。意思決定支援と臨床的判断が一緒に適用されたときに急性冠症候群の患者が見逃されなかったということは、不確実性とリスク管理が重要な家庭医療にとって大変重要です。家庭医による、家庭医のための研究であり、ケアの改善に明確に焦点を当てています。

 

前置きが長くなりましたが、今月のAnnals誌に掲載されたフラッシュモブ法はイノベーションと創意工夫の好例です。変化の速い家庭医療研究の世界で必要なアイデアを定期的かつ楽に試験するための研究方法であり、今後数年で家庭医が家庭医のために意味のあるエビデンスを残すための強力な方法になりうるかもしれません。

 

では、早速論文の紹介です。

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この研究はマーストリヒト大学のAngel M.R. Schols先生の研究です。

目的:1つ目の目的は臨床的判断基準であるMarburg Heart Score (MHS)を評価することです。または二次医療を受ける患者に急性冠症候群(ACS)を安全に除外するために家庭医向けのルールを開発することです。2つ目の目的は、家庭医療における大規模研究のための革新的デザインであるフラッシュモブ法の使用の実現可能性を評価することです。

 

方法:2週間の全国規模の前向き観察的フラッシュモブ法では、家庭医が考えられるACS予測因子に関するデータを収集し、ACSが疑われた二次治療を受けた患者のACSの確率(1~10のスケール)を評価しました。

 

結果:2週間で258人の患者データをアンバサダーを家庭医5人当たり1人動員することで収集しました。最終診断は243人の患者(94.2%)について得られ、そのうち45人(18.5%)はACSと診断されました。心電図検査における性別、税別による年齢および虚血性変化はACSと有意に関連していました。MHSの感度(カットオフ値<2)は75.0%、特異度は44.0%、陽性的中率は24.3%、陰性的中率は88.0%でした。家庭医の評価(カットオフを5点以下)とした場合は、診断特性はそれぞれ86.7%、41.4%、25.2%、93.2%でした

 

結論:救急医療を受けている患者にとってACSはMHSまたは家庭医臨床評価では安全に除外することはできませんでした。フラッシュモブデザインは大規模かつ比較的短期間に、家庭医療における比較的単純で臨床的に関連のある研究問題を調査するための実行可能な代替研究方法であり得ました。

はじめに 

Marburg Heart Score(MHS)は5つの徴候と症状に基づく臨床決定ルールで、急性冠症候群(ACS)の可能性が低い患者を特定するために、家庭医を支援する結果が残されています。プライマリケアセッティングでは、病歴、心電図、年齢、危険因子、およびトロポニンの中でも心電図や心臓トロポニンのようなものはMHSには含まれません。最近、胸痛を伴う3099人のプライマリケア患者を対象とした大規模なメタアナリシスにより、ACSの2つの追加予測因子、すなわち家庭医が疑っていることと、圧迫感を感じる痛みが同定されました。しかし、ACSを安全に除外するためのMHSや家庭医の臨床評価の妥当性は不明でした。

表1

マールブルクハートスコアの構成要素

 
スコアコンポーネント ポイント
年齢/性別(65歳以上の女性、55歳以上の男性) 1
既知の臨床血管疾患(冠状動脈性心臓病、脳血管疾患、または末梢動脈疾患を含む 1
患者は心臓の痛みを起源としている 1
運動により痛みが悪化する 1
触診では再現できない痛みがある 1

注:各得点変数に1ポイントが割り当てられます。3つの異なるリスクカテゴリが導き出されます。(低リスク= 0〜2ポイント;中リスク= 3ポイント;高リスク= 4〜5ポイント)。

 

ところで、その正確性を評価するためには、大規模な前向き研究が必要であり、これには時間と費用が掛かります。最近、革新的な研究方法であるフラッシュモブ法が病院ベースの研究で使用され、簡単な研究問題1つを大規模かつ短期間で調査することを可能にしています。これまでに家庭医療の全国調査でフラッシュモブが使用されることはありませんでした。本研究の目的はMHSを評価する事、紛らわしいACSの除外のための適応型臨床決定ルールを開発することです。もう一つの目的は家庭医療における大規模で比較的安価で迅速な研究のためにフラッシュモブ法を使用することの実現可能性を評価する事でした。

 

研究デザイン

家庭医間で2週間、全国規模で前向き観察的なフラッシュモブ法を行いました。研究の宣伝のためにソーシャルメディアチャンネルと専門的ネットワークを使用しました(図1)。さらにこの研究に関する情報は、個別な対話、科学雑誌、そして下記Webサイト

www.huisartshartweek.nl

を通じて配布されました。

YouTubeもあります。


Huisart HART Week | VERLENGD t/m 3 december 2017

 

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図1 本研究におけるフラッシュモブ法。家庭医は心臓や血管疾患または急性医学の特別な2年間の研修を受けています。

 

2017年11月20日から2017年12月3日までの間に、ACSが疑われて家庭医から紹介されたすべての患者が対象となりました。その間、オランダのすべての家庭医は、紙面またはオンライン(2分以内)のいずれから、短い1ページの症例報告書(CRF)を使用して、診療時間中および勤務時間外に患者を登録できました。オランダでは家庭医はゲートキーパー機能があり、病院ケアは家庭医による紹介の後にのみアクセスできるため、プライマリケアで95%がカバーされています。

 

ACSを急性心筋梗塞または不安定狭心症と定義しました。この試験はもともと1週間の予定でしたが、サンプル数を増やすために2週間に延長しました。インフォームドコンセントを得られない、家庭医が電話照会のみで直接見ていない、結局病院に紹介されていない患者を除外しました。

 

症例報告書(CRF)はMHS項目、家庭医が直ちに重大な疾患を疑ったか、胸部圧迫感があったと報告したか、症状の持続時間、ECGで虚血、家庭医による10の診察項目を記載し、ACSの可能性を1~10のスケールで評価します。さらに患者の名前、性別、生年月日、患者のかかりつけ医の名前、担当医がかかりつけ医であったか、その職歴、診察の時間を記載します。家庭医はMHSの計算は求められていません。

 

最終診断は6週間後に郵送ですべての家庭医に連絡された。ACS、安定狭心症、他の心疾患、非心疾患のなかから最も可能性の高い最終診断を選択し、心臓専門医からの返書に基づいて回答を求めるように家庭医に依頼しました。統計分析は単変量解析を行いました。

 

MHSとACSの確率の家庭医の評価は陽性(高リスク)と陰性(低リスク)の結果に二分されました。カットオフ値はMHSでは2以下、家庭医評価では5以下でした。MHSはカットオフ1以下を使用して追加分析をしましたが、高い感度と陰性的中率(NPV)を認め、95%Clで計算しました。AUCを計算する事でも評価しました。感度分析も行いました。

 

結果

全国の241名の家庭医が258人の患者を登録しました。113人(43.8%)はオンラインで、145%(56.2)が紙で登録しました。これらの患者のうち203人(78.8%)が家庭医で診てもらい、55人(21.3%)がレジデントに診てもらっていました。勤務時間中に182人(70.5%)の患者が登録されました。最終診断は243人(94.2%)で得られ、MHSは186人(72.1%)の患者で決定できました。

 

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最終診断を受けた243人の患者のうち、45人(19.5%)がACSの診断をうけ、そのうち34人(75.6%)が心筋梗塞、10人(22.2%)が不安定狭心症、そして1人(2.2%)はACSが疑わしかった。安定狭心症は11人(4.5%)で40人(16.5%)は別の心疾患、153人(63.0%)は非心疾患と診断されました。

 

表2は患者の特徴と予測因子をまとめたものです。痰変調解析では、性別、性別調整済み年齢、心電図上の虚血性変化の3つの予測因子がACSと有意に関連していました。

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表3は家庭医評価の特性です。243人の患者のうち88人(36.2%)がACSのリスクが低く(5以下)、155人(63.8%)が、ハイリスク(5以上)であった。家庭医評価を用いた場合、合計6人(2.5%の)患者が、ACSがないと誤診されていたでしょう。家庭医評価のAUCは0.72(95%Cl 0.63-0.81)でした。

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カットオフ2以下及び1以下を使用したMHSの検査特性を示します。186人のMHS測定患者のうち75人(40.3%)がACSのリスクが低く(0~2)、111人 (59.7%)が中~高リスク(3~5)でした。MHSにおけるACSの発生率は19.4%でした。カットオフ2以下のMHSを使用した場合9人(4.8%)の患者がACSがないと誤診されていたことでしょう。カットオフを1以下のMHSにすると2人(1.1%)の患者が見逃され、24人(12.9%)の患者が真の陰性と診断できていたはずです。

MHSのAUCは0.64(95% Cl、0.54-0.74)であり、MHS決定できたグループの家庭医評価は0.71(95%Cl 0.61-0.80)でした。

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感度分析は2以下のカットオフでACSに対するMHSは感度76.9%、特異度44.9%、NPV 89.8%であった。PPVは23.6%であった。1以下のカットオフではMHSは感度94.9%、特異度17.0%、PPV 20.2%、NPV 93.8%でした

MHSと家庭医評価の両方の評価が陰性であったならば、患者は見逃されなかっただろうが、186人中35人(18.8%)の患者が真の陰性になっていたでしょう。

 

考察

フラッシュモブ法は短時間で大規模な臨床診断研究を実現可能としました。

重症患者が含まれていないという選択バイアスの可能性はあります。

循環器内科医はMHSの結果はブラインドされていますが、家庭医の評価が診断後に記載されていることもあり、偏っている可能性もあります。

心電図の虚血性変化があるとどうしても組み入れバイアスを受けます。

ACS以外は未評価でした。

 

既存の文献との比較

以前のMHSの研究ではNPVは98.1%であったが、本研究では88.0%でした。

従来のMHS研究ではACSは3.7%でしたが、本研究では19.4%と発生率の高い集団であった。低リスク患者もこれまでの研究では多かった。

低リスクの中から安全に除外するためのツールを当てはめたことになる。

 

感想:フラッシュモブ法は疾患が少なく1施設では集まらなさそうな場合で、コストを抑えて早く結果を得ようとする場合には有効である可能性が高いと思われました。