南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

救急隊が脳梗塞か脳出血かを判別できるツール(JUST Score)の紹介

Clinical Prediction Rules to Classify Types of Stroke at Prehospital Stage

Japan Urgent Stroke Triage (JUST) Score

Originally publishedhttps://doi.org/10.1161/STROKEAHA.118.021794Stroke. 2018;49:1820–1827

 

救急隊からの質問で「救急隊が脳梗塞か脳出血が判別できる何か良い方法はないですか?」という質問に応えようと調べていたらたまたま遭遇しました。こういうのを事前に頭に入れているとカッコいいのですがStrokeは定期購読リストに残念ながら入っていませんでした…重要論文ならSNSでシェアされているかとも思ったのですが、恥かしながら私の情報収集能力では拾えませんでした。まだまだ修行が足りません。

ではStrokeも定期購読するのかといえばそれもちょっと…どこかにこういうのを紹介しているブログなどあればご紹介ください。

 

この論文は、プレホスピタルで脳梗塞か脳出血か判断できるように開発された予測スコアを検証する前向き研究です。このJapan Urgent Stroke Triage (JUST)  Scoreは日本からの研究で兵庫医科大の内田和孝先生が開発されています。これまではAct FAST(face、arms、speech、time)やシンシナティ入院前脳卒中スコア(CPSS)というのが有名ですが、本研究では病型まで識別できるツールの開発です。日本でもKurashiki prehospital stroke scale(KPSS)やMaria prehospital stroke scale(MCSS)などもあるかと思いますが、このツールは存じ上げませんでした。

 

なお、iPhoneアプリもあります。チェックを入れるだけなので良い感じです。

JUST Score

JUST Score

  • Koutarou Hayashi
  • メディカル
  • 無料

apps.apple.com

アンドロイド版もありました。使った方がいれば感想を教えてください。

play.google.com

 

では本文の紹介です。

 

背景

血管内治療は大血管閉塞( large vessel occlusion: LVO)に有効です。ところが、脳卒中の病型が分かるまでに時間がかかるため、適切な病院に運ばれないことがあります。今までのプレホスピタル脳卒中予測ツールでは脳卒中かどうかの判断はできましたが、病型を判断できていませんでした。もしも脳卒中の病型(LVOなのか、脳出血なのか、くも膜下出血なのか、それ以外の脳梗塞なのか、脳卒中ではないのか)が予測できればより確実な病院選定ができるかもしれません。

 

方法

2015年6月から29016年3月までプレホスピタルで脳卒中の疑われる患者の徴候や症状、病歴を登録し病院からは最終診断を登録する多施設協同コホート研究を行い、2016年8月から2017年7月までの前向き多施設コホート研究で検証しました。21種類の変数からなる多変量ロジスティック回帰モデルで予測スコアを開発しました。

 

結果

1229名の患者のうち533名が脳卒中で、104名がLVO、169名が脳出血、57名がクモ膜下出血でした。AUCはLVOで0.92、脳出血で0.84、くも膜下出血で0.89、任意の脳梗塞で0.88でした。1007名の前向きコホートではAUCはLVOで0.85、脳出血で0.77、くも膜下出血で0.94、任意の脳梗塞で0.80でした。

 

結論

この予測ツールは、脳卒中の識別(LVO、脳出血、くも膜下出血、その他の脳梗塞)に有用である可能性があります。

 本文の抜粋をしていきます。

 

研究デザインは、日本の8施設からの前向き多施設レジストリ研究です。

アウトカムの定義は、顔や手足の麻痺、あるいは意識障害などの急性神経症状があり、症状と一致したCT,MRI、CT血管造影、造影MRIでの異常を有するものと定義しました。一過性脳虚血発作は除外しました。脳卒中のカテゴリはLVOはCT血管造影、造影MRI、脳血管造影で検出された種動脈の閉塞と定義しました。脳出血とSAHは該当部位におけるCTあるいはMRI所見で決定しました。くも膜下出血はMRI所見がない場合はキサントクロミーで確認しましたが、該当する症例はいませんでした。

 

測定は29個の予測変数と病歴を評価しました。病歴は、年齢、性別、喫煙、脳卒中の既往、服薬(ワーファリン、DOAC、抗血小板薬)を含みました。変数は、発症が急かどうか、発症後の改善があるか、発症後の進行があるか、関連症状(頭痛、しびれ、めまい、けいれん、嘔気嘔吐)でした。徴候は収縮期血圧、拡張期血圧、不整脈、意識障害、瞳孔不同、失語、構音障害、共同偏視、半側空間無視、顔面麻痺、上下肢の麻痺でした。不確実、検出不可能な症状は除外しました。統計は多変量ロジスティック回帰モデル(P<0.05)で行い、評価をAUCで行いました。有用性を検証するためにシンシナティ入院前脳卒中スケール(CPSS)、早期の動脈閉塞評価スケール(RACE)とField Assessment Stroke Triage for Emergency Destination(FAST-ED)ののLVOの検出力をAUCで計測しました。

 

結果

導出コホートでは1229人の患者が含まれ、平均年齢72歳、55%が男性でした。半数は突然発症で、3人に1人は上下肢麻痺、構音障害のいずれかの症状がありました。検証コホートは1007人の患者で行われ、平均年齢は75歳、患者の56%が男性でした。有意差のある項目は以下の通りです。

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LVO、ICH、SAHの割合は以下の通りです。

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単変量解析では29個の予測変数のうち22は任意の脳卒中に関連していることが分かりました。同様にLVO、ICH、SAHそれぞれにも22,22,23の変数が関係していました。

興味深かったのは、発症後に改善をするものや、めまいがあるものは脳卒中の可能性が低いというところです。確かに前者はSAHの警告出血やTIAなら有り得そうですが、LVOでは起きなさそうですね。めまいもそこまで有意な病歴とはたしかにいえないかもしれません。この問診項目は非常に重要なので確認しておくと良いと思われます。

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多変量ロジスティック回帰モデルでは21個の変数が独立して任意の脳卒中、LVO、ICH、SAHに関連することが分かりました。この重みを意識しながら問診・診察ができるといいですね。

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AUCの算出結果を示します。Aの任意の脳卒中(P<0.001)、BはLVO(P=0.002)、Cは脳出血(P=0.005)、Dはくも膜下出血(P=0.06)を表します。AUCはLVOで0.92、脳出血で0.84、くも膜下出血で0.89、任意の脳梗塞で0.88でした。1007名の前向きコホートではAUCはLVOで0.85、脳出血で0.77、くも膜下出血で0.94、任意の脳梗塞で0.80でした。

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既存のスコアの比較では、CPSSではLVOのためのAUCは0.77で、JUST Scoreは0.85でした。RACEのAUCは0.84で、JUST Scoreは0.85でした。FAST-EDスケールのAUCは0.85で、JUST Scoreは0.87でした。つまり今までの予測ツールよりも高い識別能力であったと言えました。

 

この予測ツールの最大の欠点は評価に21個の変数が必要であることですが、アプリケーションを用いると37秒(24~58秒)で入力できたようです。(私も数人試しましたが、すべて正解で30秒前後の入力時間でした。)

 

本研究の限界は、救急で脳卒中が疑われた患者のみが登録されていることです。つまり救急隊員によって識別されていない可能性があり、その数次第では識別能力が低くなるかもしれません。また、予測変数の信頼性の検討はされていません。まり本当にその身体所見は合っているのかというところです。確かに一つ 一つの検証は難しいところです。不確実なものを除外しているので精度が高いのかもしれません。もっというと、この予測ツールの入力のせいで搬送が遅れてしまっては本末転倒ですし、トリアージの練習も必要です。

 

感想:脳卒中のパターンを識別できるツールの紹介です。血管内治療をしたほうが良いと判断したいときに救急隊の判断に役立つのではないでしょうか。ただし、そもそも救急隊は脳卒中かどうかというところで迷うようです。このスコアはあくまで識別には有用ですが、そもそも脳卒中かどうかというところをどう克服するかが課題ですね。

 

文中にも紹介しましたが、Table3の表は患者さんの問診・診察の際に、病型を識別する重みづけを理解するのに役立ちますので、何度かこのアプリを参考に症例を振り返ってみると教育的にも有用ではないかと思いました。

 

追記

他にもStroke誌では日本医科大学のグループが、LVOを予測する救急救命士のための新しい病院前脳卒中スケールである緊急大血管閉塞(emergent large vessel occlusion;ELVO)スクリーニングを開発していました(Stroke 2018;49:2096-2101

具体的には1つの観察(眼球偏倚の存在)と2つの質問(眼鏡または時計を見せて「これはなんですか?」と質問し、4本の指を見せて「指は何本ありますか?」と質問する)に焦点をあてています。質問1は失語あるいは意識障害、質問2は半側空間無視あるいは半盲という皮質徴候をスクリーニングしています。眼球偏倚の存在または質問2項目のうち1項目でもが正しく答えられない場合ELVOスクリーニングは陽性となりますが、皮質徴候がない場合識別できません何気なく診察するのではなく皮質徴候は何かを意識することが重要だと思います。