南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

総合診療のマルモ視点で気候変動を眺めてみると二郎系ラーメンを食べながら環境を考えることができます(ジェネラリスト教育コンソーシアムで発表しました)

本日はジェネラリスト教育コンソーシアムという会があり,気候変動についてお話させていただきました。以前から参加の話があったりなかったりして,こうやって参加することができて大変嬉しいです。

 

ジェネラリスト教育コンソーシアムとは

ジェネラリスト教育コンソーシアム consortium vol.9 | 株式会社カイ書林

ジェネラリストの指導医や将来の指導医が様々な最先端のテーマを学び,大きな歴史を作ってきた由緒正しい勉強会です

 

欧米では多くのフォーラムなど、指導医が勉強する環境が整っています。それをコンソーシアムという形で日本でも作ろうという考えで結成されました。年に2回集まって、それぞれの参加者が重要だと考えたテーマを出し合い、ディスカッションを行っています。そのテーマに対しさまざまな切り口で議論した内容や寄稿を本として出すシリーズが沢山登場しています。

医学書著者インタビューvol.03 徳田 安春「ジェネラリスト教育コンソーシアム vol.9 日本の高価値医療 High Value Care in Japan」|DtoDコンシェルジュ

 

今回のテーマは

ジェネラリスト×気候変動

臨床医は地球規模のSustainabilityにどう貢献するのか?

でした。

 

過去に気候変動に対して医療者は何ができるのかというタイトルでブログにまとめたところ,104ものシェアをいただき,多くの方に読んでいただけました。

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このブログをきっかけに,気候変動のレクチャーをする機会もいただき,「医療安全×気候変動」というユニークな切り口を試す機会に恵まれました。

 

 

そして今回,このようなプレゼンターのお誘いをいただいたので

歴史に名が残るのであれば,何かすごいものを作らなければ…と考えていたのですが,一枚もスライドを作らないまま発表前日を迎えてしまいました。

 

(ここまでギリギリなのは大変珍しいです。ありきたりの「気候変動対策の紹介」では人は動かせないので,いかに参加された方が”明日から気候変動対策に取り組もう”と思ってもらえるかが勝負だと思っていました。)

 

もう発表前日の夜だと言うのに,珍しく遠方から友人が来たので「二郎系ラーメンでも食べよう」ということになり,何か降りてくるだろうと開き直りながらラーメンを食しました。そしてFacebookに投稿したところ,スライドの流れができました。

 

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二郎を通じて普段思っていることが言語化されたのです。

一気に3時間かけてスライドを完成させました。

この発表はスライドを一部だけ公開しながらお話していきます。

このスライドと私の文章を読めば,環境問題に関心が持てるかもしれません。

 

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ではみなさん,早速ですが,この絵を見たことがありますか?

そう,SDGsというやつですね。この目標13に気候変動への対策とありますが,皆さんなにか対策を練っていますか?エコバックとかエコカーとか,何やらエコなものを考えていらっしゃるかもしれません。では,医療者としてなにかされていますか?

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そう言うと,無駄をなくすということがクローズアップされがちですが,実は持続可能な介入ではもはや限界が来ているかもしれません。介入すべき問題が相互に入り組んでいて,なにか一つの取り組みだけでは,どうにもならなくなっているのです。

 

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そう,地球は色々問題を抱えているのです。

貧困,戦争,ジェンダーの問題,砂漠化,産業の問題など,まさにSDGsの項目全てに介入しなければならない。

 

ここで,私ならではの発想が浮かびました。

 

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そう。地球もマルモなんです。

連載終了しましたが,週刊医学界新聞のあれです。

 

実はその連載にも載せられないほどのマニアックな論文がありまして

ニューキャッスル大のJoachim P Sturmberg先生の関わっているものです。


そこにも紹介されているのですが

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とにかく,マルモは病気の総和ではないというのです。

マルモは心理社会的要因,個人の健康行動,複数の臓器システムの調節障害であり,細胞・器官レベルと家族や社会的環境にまで相互作用を及ぼしています。そのリスクが高くなるのは,社会的地位の低さや,虐待,教育水準の低下,経済格差,労働時間,不健康な行動,薬物乱用,加工食品などにわたるのです。

 

カンの良い方は気づかれたと思います。

総合診療医がマルモを見る視点が,地球を見る視点に使えるかもしれないのです。

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困っている人(地球)に何かできることはないか

そんなアプローチが,マルモのトライアングルでした。

 

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これを,アレンジするとこうなります。

 

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地球のマルモをどうアプローチするか。

一緒に考えてみましょう。

 

まずは問題点が多すぎてどこから着手したら良いのかわかりにくいのが問題点としてあります。これは知識領域ですので勉強が必要です。手始めに,SDGsの17項目は見ておくと良いでしょう。

 

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全体像をみて優先順位が高いものはなにかを考えるのですが,今回は気候変動対策としましょう。そうなると地球の温暖化対策としてCO2削減に係るものを優先したほうが良いことになります。そのために専門職(医療職)としては何ができるのか,そして,医療者であるあなたは他にも興味のあるものがあると思います。例えば海が好き,山が好き,料理が好き,家電が好き,ジェンダーに興味があるなどです。

 

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環境に対してすべきことは山のようにありますが,ヘルスケア領域で

・気候変動に配慮した医療
・疾患のコントロールのための温暖化・気候変動
・感染症のコントロール
・代替医療や非薬物療法(薬を減らす)
・臓器の集合体と考えず,システムと考える
・患者の健康増進が地球によい

ということなどが浮かんでも,まだ具体的な行動にはなかなか結びつかないと思います。

 

もちろん気候変動自体が健康問題であるというWHOの声明もあることから,医療者にとっても実は身近な 問題であることが認識されてきています。

 

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感染症の知識も必要になりますし,熱中症をいかに抑えるかも重要です。

 

地球の温暖化だけでなく,気候を意識した診療は普段もされているのではないでしょうか。私も夏場は利尿剤を減らしますし,冬場の体重変化についての予測も立てています。

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前回のブログでも紹介しましたが,一般的には医師の言葉は重いので,禁煙・コロナワクチンなど,世の中の変化に大きく貢献してきたように思います。(個人的には,医師個人の発言よりも,一般大衆の意識改革のほうが大きいですし,行政がうまく先導する必要もあると思います)

 

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少し脱線しましたが,STEP1では問題点を把握し,専門職として何ができるか考えるということを強調しました。そして個人の要因も大事にするのですが,それは後述します。

 

次はSTEP2です。

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最近,持続可能性(サステナビリティ)から再生(リジェネレーション)へというお話を聞いたことがあるでしょうか?

 

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これまでの持続可能性(サステナビリティ)では,悪い影響を少なくするだけの発想ですが,それだけでは不十分で,むしろ再生(リジェネレーション)できるようなシステムを作ろうという話です。

 

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このままの環境を維持する。という意味での「持続可能」では地球資源の枯渇に間に合わないとして,環境を良い状態に「再生」する概念として生まれました。

身近な例では,生物多様性で重要な役割を果たすミツバチやサンゴのすみかを回復させることや,植物の力を活用して土壌汚染を改善することなどが環境を再生する活動といえます。


これらの行動により生物多様性が守られ,土壌が豊かになり,人々は自然のシステムからの恩恵を受けてウェルビーイング(良い状態であること)を保つことができるわけです。豊かな自然が,大雨による土砂崩れを阻止したり,きれいな水を作ったり,美味しい作物を育んだりしてくれていることになるのです。

 

 

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この図は,自然のシステムにおいて右上に行くほどエネルギーを使わず、より包括的で、再生的であることを示しています。
Regenerative:人を自然の一部として捉え、全体のシステムで相互に作用する
Restorative:人が自然システムの一部に対して良いことをする
Sustainable:中立的。“悪い中ではマシ” な活動
Green:Conventional Practiceよりは進歩している状態(一般的にはここから“エコ”だと言われ始める)
Conventional Practice:違法の一歩手前

と書かれており,リジェネ的な発想が重要になってきます。

 

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https://www.ribaj.com/intelligence/climate-change-emergency-regenerative-design-michael-pawlyn

印象深い例はカイロに建てられた,建築家ステファノ・ボエリによる垂直の森です。

自然を生かした建築物は,むしろ自然の再生能力を高めるものです。

これは「建築×気候変動」の良い例だと思います。この「医療×気候変動」こそ,我々が目指すところなのです。

 

とはいえ医療者は,なかなか気候変動対策の腰が重いです。

病院の場合は,コストがかかるものが導入できなかったり,新たなシステムを導入しにくいのでしょう。せいぜい入院でかかる電気コストを下げることぐらいでしょう。

 

そこで,エッジ効果を考えるのはどうでしょうか?

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これは,医療界の境界(他の業界)との異なるものが混じり合うことで,新たなアイデアが浮かんでくるという考え方です。実は,私はこれも得意なのです。他業種の発想を自由に共有しながら意見を権威勾配なくフラットに出せる環境が,マルチモビディティに自由な介入のアイデアを与えることを経験しています。

 

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そこで最後のSTEP3が活きてきます。

 

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四則演算で考えると議論がしやすくなります

例えば,Physician Action Guideでは,やるべきことがチェックリスト式に列挙されています。

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またThe EAT-Lancet Commissionでは,具体的な環境にも良い食事の摂取方法のガイドラインを提示しています。

The EAT-Lancet Commission on Food, Planet, Health - EAT Knowledge

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では,それだけしていればよいのでしょうか?

むしろ食事への介入を意識するあまり他のことに目を向けないものバランスを欠いています。

 

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特に,患者さんや地域の方々に,今の生活リズムを大きく変えることをお伝えしても,そうそう変わりません。禁煙しましょうと言っても響かないのと同じです。

ですが,全く言わないのではなく,無関心な方には無理矢理にさせるのではなく,情報提供をお伝えするだけでも十分ではないでしょうか。

人間はなにかのきっかけで行動を起こします。その時の思考プロセスの中に,「健康診断の結果悪かったなぁ…そういえば以前,医者が肉は温暖化に悪いと言っていたから,今日は野菜を食べてみようかな」となるかもしれないのです。

 

掛け算の発想は特技を活かすことですが,私の場合は総合診療の得意技である多職種連携や全体のバランスをみるマルモの考え方なのかもしれませんし,関心があまりない方をその気にさせるというのも比較的好きなことなのかもしれません。それだけでなく,デザインが得意な方はデザインを生かしたポスターを作ってみたり,それをSNSで発信したり,それぞれの特技を生かしたアプローチができるといいでしょう。

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英国家庭医療協会でも気候変動に対するプライマリケア医向けのコースがあるので,興味のある方は参加してみると良いでしょう。日本でもこのようなコースを立ち上げたいという声も出したい方はいるのかもしれません。

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今回はカーボンフットプリントについては言及しません(前回ブログ参照)

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ここに書かれている方法以外のアイデアは,医者だけで話をしていても浮かばないかもしれません。(とはいえ,超専門職の方が「自分にしか無い視点で気候変動対策に取り組んでいる」というのも大事な視点です。むしろそれを他の職種と共有することが新たな化学反応を生むのです。)

 

そして最後が,割り算です。

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ここには多職種連携と書きましたが,例えば一つの課題に複数の業界で関わって行くことで問題を自分ごとにできるのです。製薬会社を例にすると,製造ラインの見直しも別の視点では重要ですし,できたものを運ぶ運搬業も関わっているでしょう。営業ではMRさんが医師と関係しているでしょう。これら全てが,気候変動対策のアイデアをだすだけでも大きな改善が見込めますし,それを我々が別の視点で考えることで更に面白い発想が浮かぶかもしれません。(MRさんとの面談はリモートですると移動で発生するCO2が削減できるとなるかもしれませんし,無駄な処方を見直すことも大事です。社会的処方や代替医療のような非薬物療法も有効な関わり方でしょう。)

 

また,企業の単位ではなく,周囲の人々を巻き込むことも重要です。

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気軽に,気候変動の話題をしてみて,何か気候変動に影響しているのかを考えたり,具体的なアクションをしてみて,それを発信したり,自由に真似したりアレンジすることでさらに便利で簡単な気候変動の取り組みのアイデアが出るかもしれません。

 

もちろん,視点を変えてみるだけで,課題も変わります。

大事なのは,気候変動の視点を少し考えてみることなのです。

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地球を救うというとなかなかイメージができないかもしれません。

なので,得意なことを人と共有して,違う価値観の意見を聞いてみる事が重要になります。(それが先程のラーメンのお話になるのです)

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ラーメンからこんなに気候変動の話題がなされるなんて面白いですね。

もちろんラーメンを食べて環境に良いと考える方は少ないのではないかと思います。

ですが,そのような一見して気候変動と何も関係ない日常のなかで,このような話題ができていることが,大いなる第一歩なのです。

 

最後にこのスライドで締めようと思います。

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フロアからは「引き算の発想をしている場合ではないのではないか」というご質問をいただきましたが,人間とは一人ではなかなか大きな事はできないものです。そのような方に壮大な計画を持ちかけても一向に進まないでしょう。

 

むしろ,気候変動のことを医療者の間や患者さんに向けてお伝えすることで,少しずつ種を巻いておくことが大事になるのではないでしょうか。どこかのタイミングで大きな流れができると思います。それまでに,このブログの事を思い出して,誰か親しい人にお話してみてください。きっとその一歩が大きなものになることでしょう。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

貴重な機会をいただき,感謝申し上げます。