南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

病院総合診療医に関して、思うところ(その3) 「地域や患者のニーズ」とは何か

日本版(南砺版)ホスピタリストについて考える

f:id:MOura:20190815014333p:plain

写真:優秀な初期研修医(当時)とのディスカッション。彼も当院での選択研修を経て今は当院で総合診療専門医研修の道に進んでおられます。将来、ここで学んだ専攻医が地域に貢献できると信じています

 

数回にわたり、私が普段しているホスピタリスト(病院総合医)に関わるお話をさせていただきます。この話を何故することになったのかというと、最近総合診療界隈で、病院総合医というもののキャリアパスに対する動きがあり、私も後輩にキャリアを提示するうえで「自分が何をしているのか、どうありたいのか、なぜこのブログのタイトルが病院”家庭医”なのか。」を明確にする必要があると感じたからです。長くなりますが、温かく見守っていてください。

 

南砺版ホスピタリストに関する考察

①普通の医者とは何か(学習者のニーズ)

②地域に役立つとは何か(患者や地域のニーズ)

③アベンジャーズスタイルだけでは問題があるのか(家庭医療の必要性)

④地域の小規模病院(コミュニティーホスピタルともいいます)をみる日本版ホスピタリストには何が求められているのか(諸外国のホスピタリストとの役割の違い)

⑤ホスピタリストのキャリアパスについて(キャリア理論について)

⑥領域別専門医からみた病院家庭医に足りないところ、病院家庭医と領域別専門医とは今後どう協力していくのか(今後の課題)

 

これまでは富山の田舎の病院が総合診療に力を入れるようになった歴史についてお話ししました。総合診療について情報が乏しかった医学生時代から小規模病院で家庭医療が役に立つと信じて進んできた私の今までのキャリアを説明した記事になっています。 

moura.hateblo.jp

そして、実際に当院の目指す普通の医者になるためには、高い目的とそれにフィットする適切な方略、そして質を担保できるような内省的かつ多面的な評価が必要であることを紹介しました。

moura.hateblo.jp

 

ここで疑問。

普通の医者になりたくて医師が考えたプログラムを作っても、その目的はあくまで地域住民の幸せにつながらなければ、独りよがりなものになってしまうのではないか?

 

そこで今回お話ししたいテーマは

②地域に役立つとは何か(患者や地域のニーズ)について考察する。

 

地域や患者さんが医師に何を求めていることは何か?

病気を正確に診断して確実に治療してもらうことであろうか。

それとも患者さんのおかれている背景や気持ちを理解する事か。

確かにこれらは医師として必要である。むしろ最低限と言ってもよい。

生涯学習をして、患者の心理社会的背景を踏まえた検査や治療選択を行うことは、臨床において必要なことであろう。

 

プライマリケア医(家庭医)にはコアとなるACCCCとかACCCAなどという枠組みがある

ACCCCとはプライマリケアにとって大事な概念の頭文字であり、

①Accessibility(近接性)
地理的にも精神的にも近くにいて患者さんのことをよく知っていることが必要である。または経済的にも時間的にもかかりやすい医師でありたい。

②Continuity(継続性)
いわゆる「ゆりかごから墓場まで」のように、病気の時も健康な時も関わり続け、病気の時は外来から病棟、そして外来へと継続的に関わることが求められる。また時には世代を超えて親から子にかけて家族をケアをするという意味もある。

③Comprehensiveness(包括性)
病気の時も健康な時もなんでも相談に乗り、治療・健康増進・予防・リハビリを行う。いわば「あなた」にかかわるすべてに関わり、小児疾患から老年医学までCommon diseaseを中心とした全科的医療をするというニュアンスもここに含まれる。

④Coordination(協調性)
前回も説明したが、専門医との密接な関係、チーム・メンバーとの協調、Patient request approach(住民との協調)、社会的医療資源の活用や、大病院との連携・地域の訪問看護師・ヘルパー・ケアマネージャーなどの連携も含まれる。

⑤Context(文脈性)
あなたの事情にあわせた介入を行う。たとえば在宅ケアに応えたり、時には専門医の治療を拒否した方のケアも引き受けるわけである。

⑥Accountability(責任性)
患者への十分な説明をする責任はもちろんのこと、適切な医療資源を提供する責任であったり、生涯教育をし続ける責任も含まれる。

以上6項目はプライマリケアに携わる家庭医が心掛けたい姿勢のようなものだが、そのまま地域住民のの望むものであることは容易に想像できるであろう。

 

ではこれが地域のニーズをすべて満たしたものだろうか?

例えば、小児科医が少ない地域であれば小児のケアが求められるであろう。

産婦人科がいない地域では、お産に関わる医師も求められるかもしれない

ここで地域特有のニーズが活きてくる。

 

領域別の専門医は、最近の知識を身につけており世界どこでも同じ治療を求められる。これに対し、家庭医と呼ばれる医師は、ACCCCAの共通点はありつつも地域によって求められることが異なるため、診療の幅が大きく異なる(そのためアメーバのような存在と言われたりする)。

 

地域住民のニーズを把握するには地域住民に直接インタビューしてみるのもよいが、気づいていない地域の潜在的なニーズを見つけて、そこに介入するというアプローチもあるだろう。ここで地域診断を例に挙げる。 

地域診断にはガイドラインがあるので、ご参照いただけると幸いである。

 

地域診断のポイントは

①広い視野で、地域全体をみる

なぜ、個人や集団の健康状態に差が生じるのかを、個別の要因のみに目を奪われず、広く社会的、経済的、環境的要因に目を広げて見ると見えてくるものがある。

②過去にさかのぼって経過をみる 

人口規模が小さい地域や、値の変化が少ないものについては、経年変化を長い期
間で捉えると見えることもある。

③ 他の地域と比較してみる

自分の地域だけを見ていても気づかないことがある。他の市町村と比較してみると新たな気づきが得られる。

 

例えば、富山県の平成30年6月の市町村別標準化死亡比の図を例にすると

http://www.pref.toyama.jp/cms_pfile/00007599/01175632.pdf

 

これは心臓病の標準化死亡比である

男性と女性で特定の市が濃く色づいているのが分かる

f:id:MOura:20190815031335j:plain

 

それに対して、脳卒中の標準化死亡比は

f:id:MOura:20190815031704j:plain

特に男性で特定の市が濃くなっているのがわかる。

 

幸いなことに左下にある南砺市は薄い色であるが、家庭医が健康増進に関わるとすれば、脳卒中や心臓病を減らすために禁煙にとりくむ活動をしたり、高血圧や糖尿病などの生活習慣病への生活指導の関わりをしたり地域住民への啓発活動をおこなうのも、地域の潜在的なニーズを見つけて関わる良い例であろう。

 

一般的にはこの手の活動は行政を巻き込まなければ大きな動きにはならないため、市町村の保険師が中心となることが多い。とはいえ、禁煙教室を病院で行ったり、ロコモ教室をしたり、市民公開講座を行ったり、病院発信で草の根的な健康活動をしている事例は多く、病院家庭医も関わることは可能である。

 

 

また熱く脱線してしまった。

ここまでは前置きである。

 

私が考える病院にいる家庭医が地域のニーズに直結して答えるもっとも分かりやすいチャンスは「地域からの紹介の窓口」であろう、いいかえると「地域と病院、診療科同士をつなぐハブ」である。

 

分かりやすく分類すると

①診療所からの緊急の相談(診療所と病院をつなぐハブ機能)

②適切な診療科の選定(診療科同士をつなぐハブ機能)

③複数の診療科に関わる患者の一元化(診療科をまとめるハブ機能)

④多分入院が必要なんだが病名がよく分からない(食べられないなど)の入院窓口

⑤社会的困難事例をとりあえず引き受ける(複雑性へのケア)

が考えられる。

 

 

例えば①は診療所で臨床を経験しているとわかるのだが、「高齢者の39度の発熱+血圧低下、意識レベルも低下もある」とくれば、肺炎だろうが尿路感染だろう細菌性髄膜炎だろうが感染性心内膜炎だろうが病名はさておき急いで病院に行って診てもらった方がよいのではないかという発想になるだろう。そこで紹介先の病院が「診断は何ですか?紹介すべき科が変わってきますので」と言おうものなら、診療所や患者のニーズに応えきれていないことになる。診療所のリソースの少なさを理解している家庭医が病院で待ち受けていると、その辺でトラブルにはならない。

 

また②では、肩の痛みがある患者が整形外科に行った方がいいのか内科に行ったらいいのかわからないというケースもあるだろう。ちらっと見ただけで石灰沈着性腱板炎なり急性冠症候群の診断がつけば、トリアージという点だけでなく、③にも関係するが複数プロブレムの管理にもつながる。

 

③の複数プロブレムを管理するといえば、過去に紹介した多疾患併存がイメージしやすいだろう。罹患率やパターンはある程度データ化されているので、将来的な罹患の可能性を予見して関わることもできるし、単に複数の診療科にかかっているが、どの診療科も主治医機能をはたしていない場合には有効である

moura.hateblo.jp

 

ここで学会のあり方・知的活性化プロジェクトチーム(通称チーム岡田)から日本プライマリケア連合学会学術大会の教育講演で使用した私のスライドを紹介するが、プライマリケア医が一人で複数の診療科を診る場合、 予約、受付、待ち時間、検査、会計、処方が省略可能となると考えられ、物理的に院内の混雑解消に繋がる

f:id:MOura:20190815040021p:plain

ちなみにこの研究はA WReN Study (Wisconsin Research Network)と呼ばれるプライマリケアのプロブレム数を測定した研究(Beasley, 2004)があり、そこから派生した結果は非常に多い(これは日を改めて紹介したい)

f:id:MOura:20190815055312p:plain

日本でも福井次矢先生が2012に発表された総合医が取り扱う疾患数の研究などにも影響を与えています。

f:id:MOura:20190815055609p:plain

また脱線してしまった。話を戻す。

複数プロブレムを家庭医が管理すると時間的な負担解消は理解できたと思われるが、とはいえ複数の専門医にかかった方が医療の質は高いのではないかと思われる方もいると思う。

 

そこでプライマリケアのパラドックスという概念を紹介する。これは2009年にStangeが提唱提唱した概念である。ジェネラリストはスペシャリストと比較して疾患特異的なケアは劣り、医療資源の使用量もすくないのに慢性疾患に関して、健康アウトカムはスペシャリストよりも同等以上に改善するという矛盾のことである。(Kurt C. Stange, Ann Fam Med. 2009 Jul; 7(4): 293–299. PMID: 19597165)つまりマルチプロブレムへの介入をすることで、疾患ごとのアウトカムは悪いかもしれないがトータルで健康アウトカムの改善に寄与しているのである。

www.annfammed.org

 

④で「入院が必要なのはわかるが、病名がさっぱり分からない場合」というのは、当院では「食べられない」という主訴が総合診療科(というか私)に紹介されることが多い。

 

そもそも高齢者の「ご飯を食べなくなった」という相談は, 診療所の家庭医を悩ませる問題の一つである。食べられないことが分かっているのであれば自宅での生活は困難であり、その時点で入院が必要ではないかと急性期病院に相談するわけだが、診断名がなければ、どの診療科に紹介状を書けばよいのか分からないのである。総合診療科や総合内科があればそこへ紹介状を作成するわけだが、急性期病棟と呼べるほどの緊急性がない場合には、外来で点滴をうけて元気になったら帰宅され、数日後やはり食べないため入院となったということもあるかもしれない。

 

実は当院には「摂食嚥下機能評価チーム」という多職種のチームがあり、よくある嚥下障害の評価をするだけでなく、身体所見や病歴聴取から薬剤の影響であったり、神経疾患のコントロールが必要であったり、急性期疾患が隠れていたり、悪性疾患や難病が背景にあったり、低栄養の立て直しが必要であったり、心理社会的に問題があったり、と食べられないという目に見える事象から、多職種から様々な介入点を見つけるチームがあり、介入後の経口摂取量の改善を認めている。なお、このチームを結成した荒幡昌久先生は、多職種包括的介入の効果を臨床研究し論文化している。このチーム介入の詳細が記載されているので興味があればご覧いただけると幸いである。

bmcgeriatr.biomedcentral.com

f:id:MOura:20190815042248p:plain

このように診断から介入に至るまでに、総合診療医と多職種がチームを組んで包括的介入を行うことについてのエビデンスという意味では画期的であり、食べるときにむせるようになった場合や食べられなくなった場合の精密検査や多職種評価による食形態や食事姿勢などのフィードバックがあるため、家庭医との連携がとりやすくなっている

 

最近は私が倫理コンサルテーションをしているため、最大限の介入を行い複数医師で終末期と認定されても、倫理的に問題があるケースを含めて考えることができたり、総合診療医が得意とする地域包括ケア病棟での活動も実践できている

 

ここで挙げた地域包括ケア病棟でこそ総合診療医が輝けるのだが、その話は後日にする(疲れてきた)

簡単に紹介すると地域包括ケア病棟には

①在宅や介護施設で療養している患者の急性増悪を受けいれるサブアキュート

②急性期治療を終えた患者の継続的治療やリハビリテーションを中心とするポストアキュート

③在宅復帰支援

の3つの機能があり、地域のコモンディジーズを治療し、専門医への紹介や退院後の患者さんの生活支援も考慮したマネージメントなど医療に関する地域の需要に幅広く対応するだけではなく、総合力や関係者の意見をまとめるコーディネートの力が必要である。(これは先述したACCCAの概念そのものである)

 

また、レスパイトの相談にも応え、入院中にしかできないような詳細な生活歴の聴取や診察、多職種介入や家族カンファレンスもできることから複雑性の高い家族への介入をするチャンスを生かしたり、ただ時間稼ぎや看取りのために地域包括ケア病床に入院させるのではなく、本人の自律意思やQOLを最大限に尊重するために多職種で相談する倫理コンサルテーションや、本人のACP(Advance Care Planning)を傾聴したり、家族の想いを聞きその状況でも自宅で診ることができるようなサービスの再調整をするために地域包括ケア病床を活用することもできるのである。

 

⑤の複雑性の対応については次回ゆっくり話す(疲れてきました)

一言でいうとアベンジャーズスタイルが苦手とする領域である。

特定の疾患に引っ張られやすくプロブレムが抜け落ちたり診療科の狭間に落ち込みやすい問題をいかに拾い上げるかというところであるが、これは明日じっくりと書きたい。

 

今日も6000字を超えてしまった。もはや確信犯である。

出版社からは怒られるが、自分のブログでは好き放題できて気持ちがいい。

誤字脱字や重複などは後からゆっくり推敲するので、ひとまず雰囲気だけつかんでいただけると幸いである。

 

最後に病院"家庭医"と私が言っていることについて言及できそうなので強調しておく。

診療所家庭医と病院総合医の間でこのような連携ができるのは、研修中に学ぶ共通項が多く、価値観や患者観が共有されていて、「とりあえず診ます」という姿勢であることと、それを最大限に発揮できる総合診療外来や地域包括ケア病床を有しているからではないか。

 

すなわち、家庭医からの紹介にとりあえず診ますと言えるためには共通言語であるACCCAをはじめとする家庭医療の考え方がなければいけないのである。(だから病院総合医ではなく病院家庭医と言っているのである。)地域包括ケア病床のポテンシャルを引き出すことができれば、病院家庭医の力を発揮できる最高のフィールドになるはずである。もちろん、診療所家庭医が外来診療や在宅医療を支え、病院家庭医が領域別専門医との連携を密にするというバックアップがあるおかげで地域包括ケア病床が活きるのは言うまでもなく、事例の振り返りを通じて病診連携を密にとることが重要である.

 

そんな時に参考になる書籍は病院家庭医と診療所家庭医のケースカンファレンス集である。他にも紹介すべきケースカンファ集はあるが、ひとまずこれは読んで損はない。

COIなしである)

 

 

病院総合診療科×診療所 病診連携ケースカンファ集 土曜日の紹介は嫌われる

病院総合診療科×診療所 病診連携ケースカンファ集 土曜日の紹介は嫌われる

 

 

まとめると

・地域のニーズに合わせてアメーバのように形を変えることができるのが家庭医である。

・とはいえ根底にあるACCCAの概念は不変である。

・地域の潜在的なニーズは地域診断で把握すると病院家庭医の可能性が広がる。

・病院にいる家庭医の強みは、地域と病院、診療科同士のハブになれることである。

・いろいろな相談を受けるためには、家庭医療の共通言語が必要である。

 

これだけのことに、なんと7000字も使ってしまった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。