南砺の病院家庭医が勉強記録を始めました。An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.

An archive of medical articles summarized by a family physician from Nanto Municipal Hospital.富山県にある総合病院で働く病院家庭医です。勉強の記録を少しずつ書いていきます。

プライマリケアの相談において身体症状と精神症状はどちらが優先されているのか、不安症状の議論を活発にするものや妨げになるものは何か?

Prioritising physical and psychological symptoms: what are the barriers and facilitators to the discussion of anxiety in the primary care consultation?

BMC Family Practice volume 20, Article number: 106 (2019) 
 
本日はBMC Family Practiceから。
メンタルヘルス領域のプライマリケア研究は、普通に外来診療にも役立ちます。
(今回もうっかり力作を作ってしまいました。当直明けなのに。)
 
今回はプライマリケアの相談において身体症状と精神症状はどちらが優先されているのか、不安症状の議論を活発にするものや妨げになるものは何か?すなわち、精神症状(今回は不安症状)を抱えた患者さんに総合診療医はどのようなアプローチができるのかのヒントになる研究です。
 

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背景:英国では不安症状はうつ病よりも十分に記録されておらず、そして治療も十分ではありません。他の合併症も診なければならないため不安症状の特定は困難であります。総合診療医(GP)は不安症状の治療に消極的であり、患者はそれを開示することに消極的かもしれません。本研究では、不安症状のある患者の実際の相談に対するエビデンスにおけるギャップに取り組み、プライマリケアにおけるGPと患者のやり取りの中でどうやって身体症状と精神症状が議論され、優先順位をつけられているのかについて調べました。
 
方法:質問票、ビデオによるプライマリケア診療の記録、患者とGPのインタビューを使用した混合型研究です。
 
結果:不安症状(GAD-7スコアが10点以上)を有する17人の患者が質問票に記入し、彼らの診療をビデオ録画して、半構造化面接を行いました。GPは4人で、GPと患者には、不安を議論する事への妨げになるものと活発にさせるものについて、が主たるテーマであると説明されました。GPと患者の関係性とケアの継続性があることは不安症についての議論を活発にさせる要因でした。主な妨げになるものは、症状を認識できていない事、併存症がある事、時間の制約がある事が挙げられました。GPは共感的態度を取ったり、繰り返しの受診の約束をしたり、優先順位をつける技術を用いることで不安症状に対する妨げを克服しました。
 
結論:今回の発見はプライマリケアでの不安の管理におけるエビデンスになります。不安をめぐる議論というのは、患者とGPの間で話し合われたプロセスであり、いろいろな妨げや促しの影響を受けていることを示唆しています。共存するうつ病や健康不安のために患者の持つ不安症状をマスクしてしまう可能性があります。継続的なケアと理解を促すために、患者の予約をするなどの実践な技術をすると、不安症状を開示したり、検出できたりします。将来的には、これを縦断的に調査し、より広範囲のGPを対象にすべきです。
 
不安障害の訴えがあるとどうしても問診に時間がかかりがちですが、何が相談しやすくさせて、何が相談させにくくするのか、不安症状をピックアップしやすくする具体的方法もあり大変勉強になりますね。
 
では本文に入ります。
 
背景
英国では不安障害はプライマリケアが見ることが多く、疾病負担の14.6%を占めています。(Improving Access to Psychological Therapies、IAPT)という心理療法へのアクセスをよくするサービスもありますが、処方されるわけではないので、どうしてもGPが診ることになります。
 
不安障害は他の精神疾患よりも慢性の経過をたどりますが、診断率と治療される割合は低く、不安やうつ症状をもつ中でも37%しか治療を受けていないと言われています。その理由は不安障害はうつ病と併存していることが多く診断が困難となっています。また、併存症があると不安や鬱のみよりも予後が悪く、社会的コストも発生します。
 
不安症状をGPが認識する際に、症状は一過性で、ライフイベントに関連していると考えてしまいがちで、身体的症状の方を優先しがちであります。また患者側は先入観を持たれることを懸念するため、不安症状がうつ病と比較し過小評価されています。不安を抱えている患者が関与する実生活の診察および経験と、期待が患者とGPでどのように異なるかについて、身体症状・不安症状が実際はどのように相談されているかを検討しました。
 
方法
関心がある患者への質問票、相談のビデオ録画、患者とGPへの半構造化質問法です。参加者はGPの予約がある18歳以上の英語が話せる男女です。除外項目は、同意を得られなかった、薬物乱用、精神疾患がある、18歳未満であることでした。GPはどの患者とも関与していなかった。患者には社会人口統計的質問とうつの尺度(PHQ-9)、健康不安(HAI)、身体的併存疾患、健康状態、不安の尺度(GAD-7)を調査した。GAD-7は10以上で中等度から重度の不安レベルです。GAD-7が10点以上の患者に連絡し、ビデオ録画を使用させてもらうことになりました。(10点未満の患者のビデオは削除しました)
 
GAD-7が10点以上の患者とGPとの相談のビデオをみて、不安について協議するときにどんなことが障壁になり、どんなことが促進につながるのかインタビューしNViVO10で整理されました。データはグラウンデッドセオリーの常時比較法で反復的横断的に行われコーディングされました。ビデオも不安が明示できているものとできていないものに分類しました。
 
結果
参加者は160名(女性82名、52%;平均年齢53.4±19.6)、アンケートを実施しました。(59人が拒否しました) 
その中の17名(女性10名、59%;平均年齢47.4±16.8)が面接をうけました。(2にはフォローアップに失敗し、2人は診療記録が誤っていました。) 平均GAD-7は14点、PHQ-9は12点、70.6%の方は背景に喘息や高血圧、糖尿病がありました。相談内容は診断を受けるため(41%)、検査の結果を聴くため(35%)、治療をうけるため(59%)でした。
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4人のGP(女性1名、30歳代3名、50歳代1名)がインタビューを受けました。キャリアは6~25年でした。不安症状の患者数は均一でした。
 
不安の相談を優先することを促進するものと妨げるものをtable2に示しました。

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議論を促進させるもの
GPとの関係性/継続的なケア
患者はGPが一緒に選択肢を探ってくれることは肯定的でした。
非常に丁寧、話を聴いてくれて、理解してくれること
 
GPは患者との関係性の継続性が重要であることが肯定的でした。
患者のことをよく知っていると、異常に気付きやすく、人生の問題も分かります。親しみも出てきて、何を心配しているのか正確にいうことができます。(GP4)
 
継続性は双方の関係に利益をもたらし、オープンな議論をしやすくします。
相手を知り、患者がどこから来たのか見出し、それが不安に関係しているかもしれないと考える事にもつながります(GP2)
 
逆に、若年患者などで継続性を脅かされると、障害となることもあります。
若い患者は、早く診てもらいたいだけで、GPが誰であろうと気にしていません。継続性が保てないと過剰に調査されて、彼らを余計に不安にさせてしまっています。
 
議論の障害になるもの
背景や症状が未確認
GPも患者も精神的健康問題があるとみなされている身体的症状があると、不確実性を増してしまいます。また、患者側が不安やうつ病についての知識がないと援助を求めるのが遅くなります。症状が不安として認識されていないこともあります。
 
患者:私はそれが何であるのかさえ知りませんでした。 不安になっていません。(不安を認めず、自分のキャラクターだと思っている。)医師には話しませんでした。
GP:患者が問題として認めていないのであれば、それを拾うのは大変難しいです。たとえGPが認識しても患者がそれを自覚していないこともあるのです。来院していただくのも難しい。症状の解釈の不一致も困難の原因となります。
 
不安が患者の生活の中で背景のノイズになっていることもあります。構造的な要因。
患者;私の妻は仕事を失った場合に食べ物を買うこともできず、最低補償で暮らしています。私は自分に何が起こっているのか分かりません。
GP:経済的、政治的、構造的、社会的要因の欠如があると判断が難しい。
 
併存症
ほとんどの患者が不安をマスクする可能性がある別の症状がありました。
一般的にはうつ病で、不安の管理と似ているので、議論に難渋します。
患者:うつと不安は異なるものかわかりません。
GP:私はおそらく不安と鬱の違いを正確に区別できません。
 
高い不安スコアを自己申告した患者は、結果に対しても期待も満たされず、何度も診療所に戻ってきました。
患者:インターネットで慢性的な痛みや咳に関するすべての症状を読みました。すべての検査をして欲しい
 
健康不安は一般化された不安を隠すことができますが、それが他の問題にも絡んできています。
GP:純粋な健康不安しないのは珍しいです。つまり、他の部分で全く不安がないという事はあまりありません。
 
スティグマ
GP:私は心理的なものを隠して身体的な問題を提示したいのだという想定から診療を始めます。そしてそれをよくない事だと感じています。
 
時間の制約
英国のプライマリケアの診療時間は10分程度である。この短さは問題の本質を理解するうえで障害となる可能性があります。
GP:情報を収集し、調べ、文章化するために10分しかありません。患者のことを知らなくて患者も私のことを知らなければ明らかに危険です。
 
時間制限は、複雑な生活や状況を理解するうえでも障害となります。
GP:精神的な健康問題、人生の不快な出来事、独身の母親のストレス、パートナーの虐待など非常に複雑な人生を送っている人々に関与することは非常に難しい。
 
全ての患者が診療にかけられた制限時間を知っていて、同情してくれました。しかし、それは不安症状を話す時間が制限されて、患者の理解が制限されたことになります。
GP:私たちには十分な時間がありません。だから「問題を分離して、時間をかけて話したい、身体症状と心理症状も分けてください」と言っても無理なのです。
 
性別/年齢
女性よりも男性の方が不安症状を伝えにくい。とくに年配の男性は公開できない。
患者:私は来るべき人ではなかった。
不安を率直に話せるのは22~44までの女性が多かったです。
 
障害を克服するための技術
患者:GPを選ぶこと
以前に不安について診てもらったGPに診てもらいたいと選択すると、肯定的なコメントをもらえる
患者:電話での対応が素晴らしく、親切で理解してくれていました。しかも一度相談していたことを覚えていてくれました。非常に合理的で耳を傾けてくれていると感じました。
 
GP:繰り返しの約束をすること
GPは患者の問題とは別に、不安や気分について話すために何度か診察をしたい。そのために別の相談のための「橋渡し」をすることで、GPと患者の会話も親密になり、最善のケアもできるのです。
GP:もし患者が新規の患者で、今後会うことができなさそうなら、ちょっとしたことを拾って「今日それについて話し合わなければならないというわけではないですが、もう少しあなたの気分やうつについて、または次回の投薬について話をしたい」といいます。
GP:考える時間を作るために2週間後に来てもらいます。
 
GPの役割とスキル、時間制限とほかの患者のニーズを考えると患者を呼び戻すことは二面性があります。
GP:相談に乗るだけの十分な時間がないし、そんなスキルもない。何かを残すというよりも、感情的に憶病な人にしてしまうだけだ。
 
GP:優先課題を特定する事(table.3)
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診察の範囲内で容易に話を聴きだすための一連のテクニックをtable3にまとめました。
 
①オープンクエスチョン
未解決な質問から広く聴く。何かに絞ろうとせず自由に話すと、彼らが重要と思っていることが分かる。
②身体観察
話し方が速い、動揺している、手を握る、涙を流すなど
③リストを作る
3,4個問題をあげて、その中に精神的問題を入れる。すると受診しやすい。
④重要な条件についての不安を尋ねる
身体的問題、例えば胃腸の問題や睡眠、動悸の問題がある場合、ストレスや不安、気分について質問する傾向があります。
 

ディスカッションの抜粋

・良い関係はケアの継続性によって促進されます。注意深い、共感的な、非判断的なリスニングも重要です。

・患者が不安を認めていない場合は診断に難渋します。

・身体的な症状や併存症を隠すこともあるので注意です。

・GPは不安の議論を容易にするために繰り返しの予約など多くの技術を使用し、多くの時間を生み出しています。

・年齢・性別の指摘があったが、ある特定の高齢男性集団にはストイシズムと沈黙が根付いているようです。

 

長所と制限

・この研究はブリストルの2つの診療所の定期通院患者で限定的でした。

・GPは自己選択的なのでメンタルヘルスに関心がある可能性があります。

・3人が30歳代であり、GPの年齢分布を反映していませんでした。

・より幅広いグループでの調査が必要。

・研究目的は事前のインタビューでは触れていません。バイアスはないと考えます。

 

既存の文献との比較

・うつ病にフォーカスした研究では臨床医の経験に集中する可能性が高かった。

・不安の研究は類似の研究はないが近いものがありそう。

・先行研究にも良好なコミュニケーションとケアの連続性が気分の開示に不可欠であると分かっています(主にうつ病)。

 

感想

・今回対象となったのは30歳代のGPが中心であり、むしろ個人的な年齢層にドンピシャでハマったので読みやすかったです。ベテランドクターの技術も知りたいなと思うところもあります。

・ケアの継続性や患者医師関係は、不安の聴取にとって患者側からも医師側からも必要なことであります。(こういうのを意識することが重要です。)良い関係になると、ケアの継続性にもつながりますので、重要な考え方だと感じます。

・併存症・時間の制約は臨床をしていても障害に感じることが多いですね。あえて分解して外来患者全体の利益を考える事にしていますが、研究で言語化してもらえるのは大変ありがたい。

・予約を取るテクニックなども有効ですね。最初のうちは技術として身に着けるというのは有効だと思います。

・若い患者で「早く診てくれるなら誰でもいい」と言われると大変というのも、実感を伴ってよくわかります。

・意外だったのは「精神症状より身体症状を優先するのではなく、あくまで精神症状の議論をするために身体症状に取り掛かるだけである」と考えているところですね。確かにそう考えるとしっくりきました。

・横断研究なのでプライマリケアにおける認識の複雑さや長期的な性質を正確に反映できていない可能性があります。長期的研究が望まれます。

・日本でも同様の研究はあるのでしょうか?なければニーズあると思います。